June 21, 2009
第141号 シンプルとイージー
| 囲碁上達しようと思ったらそれは簡単です。 って、言ったら信じますか。 実は日本語の「簡単」は非常に不正確な言葉なのです。 感情表現では他のどんな言語より繊細で細やかなバリエーションを持つ 日本語ですが、 論理面では表現がアバウトです。 「簡単」という日本語にはその意味を区別する他の言葉は あまり存在しないようです。 「容易」もほとんど同じような意味ですし。 なんておおまかな言語だろう、と思っていた英語のほうが、 「簡単」ということばをその意味によって使い分けています。 それがシンプル(simple )とイージー(easy)です。 日本語には「簡単」という言葉しかないために、 シンプルとイージーを使い分けることができる人がほとんどいません。 囲碁上達の方法はシンプルですが、イージーではありません。 日本語で 「囲碁上達の方法は簡単です」 と言ってしまうと 「囲碁上達の方法はイージーです、すぐ上達できます」 と解釈してしまう人が多いのです。 簡単と言われると 時間をかけずにすぐ上達できるよ って思ってしまいますよね。 でも、実際にはそんなことはないわけで ある程度時間をかけて勉強しないと上達しません。 それで、 なーんだ、上達するの大変じゃないか で、囲碁をやめてしまう人も多いみたいです。 囲碁上達の方法はシンプルですが、イージーではないのです。 囲碁上達の方法は素直に基本を学ぶことです。 それを繰り返すだけです。 その意味でシンプルなのです。 ことさら難しいことをする必要はありません。 でも、時間はかかります。 基本を繰り返して身につけるには時間が必要です。 努力が必要です。 その意味でイージーではありません。 多くの人間はたいてい怠け者なので なんでもイージーに、すぐできたらいいなという願望があります。 でも、仕事や勉学、習い事などの場合、 簡単にできますという意味の多くは イージーではなくシンプルであると思ったほうがいいでしょう。 あなたもすぐ英会話ができるようになります、 とか あなたもすぐ囲碁初段になれます、 とか・・・ そんなキャッチフレーズに騙されて 教材買ってませんか。 ちまたにはそういうキャッチフレーズが溢れていますが、 まず、そんなのたいてい嘘ですから。 簡単という言葉はなるべく使わずに、 シンプルとイージーを使い分けることによって、 物事の本質が見えてきます。 |
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June 07, 2009
第140号 一手に魂を入れる
| 私の家に新聞を届けてくれる配達員の方は2人います。 ほぼ半々くらいの割合で 交替でドアポストに毎朝届けてくれます。 会ったことはないのに なぜ2人だってわかるのか? というと、 それは新聞の折り方でわかるのです。 配達員Aさんは4つ折りの状態から縦に2つに折って、 ドアポストにその先っちょを入れていきます。 配達員Bさんは4つ折りの状態から横に3つに折って、 ドアポストに全体の半分以上が家の中に入るくらいに入れていきます。 Aさんの場合は家の中から引っ張っても取れません。 ドアをあけ、外に出てドアポストから抜かないと取れないのです。 パジャマのまま外に出たくないので中から無理に引っ張ったら 新聞が破けました。 Bさんの配達した新聞は家の中から楽に取り出せます。 もし、 配達員をリストラしたいけど、どっちの人にしますか、 って、新聞集配所の社長に聞かれたら 迷わず、 「Aさん」 って、答えます。 だって、Bさんに配達してもらいたいからです。 誰がやっても同じように見えるシンプルな新聞配達の仕事でも 実はこれだけの差が出ます。 こんな些細なことで 人の評価は大きく変わってしまうのです。 Aさんは自分が配達したあと、 その家の人が新聞を取り出す場面を想像していません。 いわゆる 「やりっぱなし」です。 Bさんはたぶん、 その家の人が新聞を取り出す場面をイメージしています。 行動にその後の思慮が一つ加わることで 状況は大きく変わります。 惰性で行動する人には進歩がありません。 自分の行動一つ一つに魂を入れましょう。 あなたのその一手、 配達員Aさんの行動そのままに その後のことを何も考えずに投じた手ではありませんか? |
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May 26, 2009
第139号 囲碁におけるセレンディピティ
| 何のこっちゃ。 とお思いでしょうが。。。 まずは聞いて下さい。 年をとればとるほど、失敗はしたくない。 限られた時間だから、なおさら 極力、効率的に物事を進めたい。 私も年をとるにつれて、そういう保守的な考え方になっていました。 自分で試すより、 完成されたノウハウを聞いて、実行したほうがいい。 「囲碁大好き」では、まさにその発想で 囲碁学習の方法や具体例を提供しようとしているわけですが、 その私自身の行動は? と言えば、試行錯誤の連続。 紺屋の白袴。 というわけです。 自分は時間的に大損をして、その結果得られたノウハウを メルマガで公開(こうかい)する。 それじゃ、 後悔(こうかい)する? いえいえ。 自分には何の得にもなっていないのか、というと そうではないのです。 たとえば、メルマガで、ある定石を説明しようと思って、 定石辞典で調べるとします。 目次で調べ、その定石を探してページをめくっているうちに 別の、ある棋譜が目にとまります。。。 あっ、 これ、この間、Kさんとの対局で打たれて、困った手だ。 というわけで、そちらもついでに読み進めてしまいます。 これをセレンディピティ(serendipity)といいます。 偶然とは言わないそうです。 何かを探している時に、探しているものとは別の価値あるものを 見つける能力・才能 のことをセレンディピティと言うのだそうです。 ウィキペディアで調べてみてください。 このメルマガ1号あたり、実質200行あるとして、 1号執筆するために本を200行を読めばいいのか、というと、 200行書くためには、 題材の選別等、遠回りに遠回りを重ねて 10倍の2000行は読んでいます。 1ページ20行として、本にして100ページ。 1ヶ月2回発行で200ページ。 囲碁の勉強を特にできなかったとしても、私は 「囲碁大好き」を月2回発行しているだけで 実は毎月、棋書1冊分読んでいた計算になります。 これはセレンディピティの効果でしょうか。 はたまた、ただの道草なのでしょうか。 人に役立つことをすれば、 自分にはそれ以上になって返ってくる。 言われてみれば当たり前のことですが、 目先の利益しか追わない、 現実派の人にはこの効果はないかもしれません。 |
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May 11, 2009
第138号 素直という上達法
あなたは素直(すなお)ですか? 素直というのは性格の一種だと思っている人が多いのですが、 実は、素直は知性の一要素でもあるのです。 素直な人は早く上達します。 人の言うことはまちまちだし、 必ずしもすべて正しいとは限らないので すべて聴いたほうがいいとは言いません。 でも、自分の師、もしくは師と思っている人の話くらいは 信じて素直に実行してみましょう。 どんなにいいヒントを与えられても、 いや、それはそうとも限らない。。。 そうとは言い切れない場合があるはずだ。。。 それはほんとうかな。。。 と受け入れずに何もしない人、 意外と多いのです。 人の意見を鵜呑みにしないことは 自分の意見をしっかり持った大人のあかし、 だと思い違いをしている人が「大人」には本当に多いのです。 効果を疑問に思ったら、 まず実行してみる素直さが大切です。 効果がなければ こうやったけど上達しませんでしたが、なにか方法が悪かったのか と訊いてみる。 その上で、ちょっと方法を変えたら上達できたとか、 やっぱりその方法は効果がなかったとか結論を出せばいいのです。 まあ、めったにないのですが、たとえ、効果がなかった場合でも それはそれで二度と無駄をしないというあなたのノウハウになります。 まずは疑う前にやってみること。 人の意見はともかく、 まあ、先人たちの知恵の結晶である定石は100%信じていいでしょう。 定石さえ信じず、知っていてもわざわざ違う手を打つ人もいます。 試すのは一人で碁盤に並べればできること。 対局で定石外れを試すと、相手に知性のない人と思われます。 少なくとも私はそう思います。 何でも人の意見を否定し、 自分の考えだけで突っ走る人は知性が足りません。 学ぶ段階では師の教えに素直に学ぶ。 それを実行して、初めて例外ケースを学ぶ機会が生まれます。 初めから高度な例外を学ぼうとしていませんか? 工夫をするのは師の教えをマスターしてからで良いのです。 そして、勝敗は二の次でいいのです。 学んでいる身なのになぜ早急に勝ちを欲しがるのでしょう? 全敗、連敗が当たり前だという原則を知って下さい。 素直に 当り前の、原則通りの布石を打つ。 奇をてらわずに定石を打つ。 単純なことですが、 それだけであなたの碁は見違えるように美しくなります。 そればかりでなく、 あなたの顔も表情も知性で輝き、美しくなるはずです。 |
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April 26, 2009
第137号 囲碁の奥義「黄金比」
| 囲碁では石の形が重視されます。 美しい形は強い。 と言いますが、それは見て感じてください的なことで、 あいまいにお茶を濁すことが多いようです。 『これが美しいと実例を見せられても、 未知の形を見せられてそれが美しいかどうか あなたのセンスで判断してください、 というのはどうも納得がいかない。 具体的な美しさの基準はないのか?』 という不満をあなたは持ったことはないでしょうか。 プロ棋士がその著書で石の形の美しさの数理的基準に触れる のを私は見たことがありません。 広く、いろいろな分野で黄金比という美しさの基準が採り上げられています。 黄金比とは、「1対1.618」という比率で、 これが最も美しい比率と呼ばれています。 この比率で作られたものには ギリシアのパルテノン神殿、ミロのヴィーナス、モナリザなどが有名で、 芸術分野に多数存在します。 テレビの画面やトランプ、クレジットカードなどのカード類もこの比率が 使用されています。 ホームページのデザインにも黄金比活用する試みもあるようです。 1対1.618という黄金比を囲碁に当てはめると、 5対8(1対1.6)という近似値を用いることになります。 石の数でいえば、1図が5対8の比率で囲んだ地の形です。 どうでしょう。 できるだけ相手に侵入されにくいという条件を満たして もっとも広く安定した地になっていると思いませんか? 1図
しかし、 地のほうに目が向けば2図のように地が5対8の比率でできている 図が当てはまることになります。 さて、どっちが黄金比なのでしょうか。 2図
地の形ではなく、石の形を問題にしているので 本来の意味でいえば1図が黄金比ということになります。 比率でいえば、石と地のどちらを見るかで、 かなり違うのに 眼の錯覚でどちらも同じような形に見えますね。 感覚を磨け! と言っても、所詮、人間の感覚というのはこれだけいい加減 なものであるということです。 できてしまえばどちらも侵入されることはないでしょうが、 そもそも2図のような大きな地は作る前に妨害されて、 なかなか作ることができない、 というのが現実でしょう。 実戦では1図(24目)を目標にするといい地ができるかもしれません。 使った石の数と地の大きさの関係で効率が決まり、 その効率と美しさはそれなりに比例しそうです。 つまり、効率的に作った地は美しい。 さらに作ることを妨害されない程度の広さでなければならないと・・・ 現実には厳しい制約がつきますね。 |
