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第116号 最短距離の意味するもの

囲碁を始める人にはできるだけ最短距離で上達して欲しい。

本当にそう思います。
でも、あなたの考えている「最短距離」と私の考えている「最短距離」は
たぶん、まったく違うものです。

同じ目的地に着くのなら三角形の2辺を進むより、1辺を進んだ方が距離が
短い。
つまり、最短距離です。
私も実際に歩くときにはなるべくそういう道を選びます。

でも、それは一人で完結する行動の場合です。
囲碁は2人で行なうゲームです。
相手の行動を考慮する必要があります。

「正しいことだけ覚えればいい。」
これが最短距離の一つの方法ですが、相手のあるゲームの場合、
正しいことだけ覚えればいい、とも言えないのです。

相手が間違いの手を打ったとき、
「そんな間違いに応じるつもりはない」
「相手が間違いでオレは間違っていない」
なんて言ってられません。

相手の間違いをとがめることができなければ、
その間違いである手によって
自分が負かされてしまうという不条理が生じます。

間違いを前提としたその先を考える、
間違いをとがめる手を覚えることも必要な学習です。
でも、この学習は普通の素直な人の場合、士気が下がります。
やる気が起きません。

相手の失敗をつっついて自分がのし上がることは本質的には
心の純粋な人にはツライ面があります。
それが楽しい、という人は囲碁が強くても、
人間として嫌われるかもしれません。

でも、囲碁の場合は
やっていけないことではないのです。
自分が間違えて、相手にとがめられるという体験は貴重なのです。
この体験を生かすことが上達には効果絶大です。

だから上手との対局やプロの指導碁は価値があるのです。
この体験は自分が受けるだけでなく、相手にも与えてあげるのが
フェアというものです。

相手の間違いには言葉ではなく、石でとがめてあげましょう。

相手が間違えたときの応手を勉強する、
これはある意味、遠回りかもしれません。
でも、結局はこれが最短距離なのです。

正しい打ち方を覚えるだでなく、
何が間違いで、それをとがめる方法は何かまでワンセットで学ぶ。

必要な遠回りは避けてはいけないというか、
安易に近道をすると、
大事なものを知らずに進んでしまうこともあるのです。

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