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第172号 研鑽する人としない人


私たちは
病気になれば、医者に診てもらいます。

家を買ったら司法書士に登記してもらいます。

法律上のトラブルに巻き込まれたら弁護士に相談します。

税金を余計に払いたくなかったら税理士に相談します。


何を言いたいのかと言うと、
一般に私たちは専門家というものはその分野のことは
何でも知っていると思っています。


でも、内科の医者に外科手術はできないし、
民事専門の弁護士に刑事事件の弁護は頼めないし、
確定申告書は書けるけど、相続税は知らないという税理士
もいます。

まあ、それは専門の細分化ということですが、
根はもっと深いところにあります。

一般人から見ると、
専門家はやはりその分野のことはよく知っているし,
素人がああだこうだといってるより、専門家に相談した方が早い
ということになります。

しかし、自分が何かの専門家だったりすると、
専門家といっても何でも知っているわけではない
ということが痛いほどわかります。

いわゆる同業者同士だと
だれが実力があり、だれが実力がないかが
明白にわかります。

難病の場合、
どの医師にかかったら治るか、
どの医師にかかったら死んでしまうか
医者仲間なら知っています。

しかし、同業者同士は
明日は我が身というわけではないでしょうが、
まず、同業者批判をしません。
そんなことしたら
村八分になっちまいます。

専門家だから、
資格を持っているから
何でも知っているというのは
実は幻想にすぎません。


プロ棋士なら囲碁のことは何でも知っている
と思いたいけれど、
アマから見れば完全のようにみえても、
すべての定石を知っているプロ棋士はいません。

まして、アマはどんなに強くても
囲碁にさえなっていないのです。

わたしなど
囲碁ではなく、
囲三だと言われます。
囲四にも達していない。
はやく囲五になりた~い。


でも、
問題は今の棋力レベルそのものではなく、
自分の力のなさを知っているか否かです。
自分のレベルを知るということは
とても大切なことです。

自分に力のないことを自覚していない人間は
現状に納得してしまいます。

自分に実力がないと知っている人間ほど
日々研鑽を続けます。
だって、今のままでは恥ずかしいから。


レベルの如何にかかわらず、
現状に満足し、研鑽しない人は
何をやっても、ものになりません。


このくらいでいいだろう・・・

人間とは
現状に満足した時から
まっさかさまに堕ちてゆくものらしいのです。


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