January 05, 2009
第129号 相対真理の難しさ
| 囲碁ほど上達が手ごわいゲームはない。 知れば知るほどゴールが遠ざかるようにさえ思えます。 いったい、何がそんなに難しいのでしょうか。 私の本業は公認会計士ですが、 理系の知人には、経済や財務・会計はよくわからないとよく言われます。 以前、東大の原子力工学科を首席で卒業した知り合いに 会計学は曖昧(あいまい)でよく分からないといわれた事があります。 ものごとの難易度というのは複雑で、頭のいい人がすべてを分かるという ことではないようです。 それはなぜかというと、 目指す真理が異なるからです。 自然科学の目指す真理は世の中にたった一つしかない「絶対真理」です。 科学者なら天動説が正しいか、地動説が正しいか、 求める真理は一つです。 天動説も地動説もどちらもが正しい、 なんてことはないのです。 変な言い方ですが、 絶対真理は難しいけど分かりやすい難しさです。 これに対して、 経済・会計などの社会科学の目指す真理は「相対真理」です。 人間の行動を分析したり、人間が決めたルールの妥当性を研究する場合、 真理は1つとは限らず、真理が2つ以上あることがあります。 そのため、社会科学は絶対真理を探求する理系の人には曖昧に見えて分かりにくいのです。 つまり、社会科学では、 Aも正しいけど、Bも正しいよ、ということもあるということです。 そのかわり、Aを主張するのなら、都合でBを主張したり、 A主張にもどったり、自分の都合で勝手にコロコロ変えるなよ、ということが社会的ルールになります。 相対真理などというのは文系の人間が勝手に作ったもので、 もともと理系の人にはそんな概念はないのかもしれません。 囲碁の難しさもこの相対真理の曖昧さに似ているような気がします。 特に布石の初手などは正解手が2つどころか無数といえるほどあるわけです。 中盤でも、どの手が正しいのか、 プロでも言い切れない場面がたくさんあります。 囲碁で常に一つだけの正解を求めようとすると、 スランプに陥ってしまうになります。 模様で打つのも正しいし、地に辛く打つのも正しいうち方。 でも、いったん打ち方を決めたら途中で方針を変えてはいけない。 これが勝つためのルールです。 社会科学の相対真理における社会的ルールにそっくりですね。 囲碁の場合、 熱心なあまりに唯一無二の絶対真理を探求することにのめり込むと、 上達は遅くなってしまうかもしれません。 「神の一手」を極めようとするタイプの人は気をつけましょう。 それもあるし、これもある・・・ ある程度の割り切りも上達の1要素であるような気がします。 |
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December 23, 2008
第128号 どうして、どうでもいいことから決めていくの?
| 世の中を見ていると、どうでもいいことから決まっていきます。 肝心なことはなかなか決まりません。 簡単に決まる、決められる、そういうことから 決めていくと、 今日は問題点をいくつ解決したぞ・・・ という感じで、その瞬間は達成感があるからでしょうか。 どうやら人間は重要なことは後回しにして、 どうでもいいことから決めていく習性があるようです。 その結果、世の中は変わりません。 悪くなることはあっても、良くなることはないのです。 政治がその典型です。 あなたの囲碁も同じです。 どうでもいいことからはじめていませんか? 一つ一つの手筋、 その知識を積み上げることは大切だし、 実行してほしいことの一つではあります。 毎日1問、詰碁を解く。 実行できれば理想的です。 ただ、身の丈を超える難問に挑戦することに魅入られてしまうと 棋力はストップしてしまいます。 先々の高度な技術など、 入門者や中級者にとってはどうでもいいこと。 一つ目の積み木を置く前に、 二つ目の積み木を重ねようとしても無意味です。 囲碁の本質は構想。 そもそもどういう碁を打ちたいか? 構想をもって対局しているか? を自問自答してみましょう。 あなたは大将として、碁石の一つ一つに指示をしていますか? あなたの指示がないので、碁石が気まぐれに動いていませんか。 本当に碁石が動いたら反則だけど・・・ というより、ホラー。 壮大な模様碁が打ちたいのか、 堅実な碁がうちたいのか、 奇襲戦法で相手を驚かせて攻めたいのか、 まずはあなたの意思が存在しなければ 一手一手の技術など意味がありません。 一局の中で 大模様の手を打ったかと思うと、 堅く地を取る手を打ったり、 意味もなく、相手を驚かすだけの手を打ったり、 そんな碁を私も数多く打ってきましたし、 数多く見てきました。 いったい、何がしたいの? みたいな碁、まだ打ち続けますか? 上達したいのなら どういう碁を打ちたいのか、 必ず一局を始める前に決めましょう。 そうしないと学んだ技術が生きてきません。 大事なのはあなたの意思。 あなたの意思、構想があって、はじめて 学んだ技術が生きてきます。 構想の研究。 まずは、そこからはじめないと あなたの碁は変わりません。 |
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December 10, 2008
第127号 勝ちに偶然の勝ちあり、負けに偶然の負けなし
| 奇をてらったようなタイトルですが、 実は当然の摂理を言っているだけなのです。 まぐれという言葉がありますが、 仕事でも勝負事でも一定の比率でまぐれ勝ちは存在します。 囲碁のまぐれって、なんでしょうね。 自分が生きるため、あるいは相手を殺すため、 どこに打ったらいいのか。。。 AかBかどちらかだ。。。 で、たまたま正解の手を打てた。 そんな時は一局の勝利も手にすることもできることが多いでしょう。 勝てばなおさら、決め手となった手がなぜ良かったのか、他の手では 勝てなかったのかなどの検討はどこかに跳んで行ってしまうでしょうね。 しかし、自信をもって正解手を打てた場合と、 勘で打って正解だった場合とでは、その一局の結果は同じでも、 その後の上達の可能性という点では雲泥の差があります。 自信をもって打てた正解手は以降の対局でも打てるでしょうが、 まぐれの正解は次は打てるかどうかわかりません。 勝ちには将来に繋がらないまぐれ勝ちが存在するのは確かです。 ところが負けにはまぐれはないのです。 負けには必ず敗着があります。 敗着というのはその一局の勝敗の最も大きな原因となった失敗手のことです。 知らないから、間違った手を打ってしまうわけです。 正しい判断が出来ないから、間違った手を打ってしまうわけです。 ならばその負けは必然です。 負けが必然だと認識できれば、 知識を補填するなり、研究して棋力向上を図れます。 たまたま負けた、 調子が悪いから負けた ビール飲みすぎたから負けた・・・ なんて強がりを言っている人は 上達が頭打ちになることが多いのです。 痛っ~ きついこと言うとわが身に返ってきますね(笑) |
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November 25, 2008
第126号 根拠のある判断と根拠のない信念
| あなたは株を買ったことがあるでしょうか? この株は上がる、 そう思って買うわけです。 買ったあとはこの思いはさらに強くなって、 この株は上がるはずだ、 いや、上がらねばならぬとさえ思いようになります。 そう思うと、その銘柄に愛着も出て、 少々上がったくらいでは売れなくなります。 もっと、もっとと思っているうちに 株価はピークをつけて急下降し始めます。 株価が下がり始めたら、心理的にも売りにくくなり、 現実にも安値を追いかけなければ売れなくなります。 あっ、これは株式投資講座ではありません。 もっと聞きたい、という人は こちらへ(爆)⇒ http://tutaeru.net/web/080906-2.html 何を言いたかったのかというと、 人は一つの方向を予想したり、信じたりすると なかなか方向転換できないという事実です。 前号では、 1局の中では、「模様碁」と「地に辛い碁」のような 大きな打ち方を途中変更するのは 原則として効率が落ちるのでだめですという話をしました。 その話をしたのは、そういう人が多いからです。 一般的には人は一つの方向を予想したり、信じたりすると なかなか方向転換できないのに、 囲碁ではなぜ、 ころころ方針を変えてしまう人が多いのでしょうか? 実を言うと、株式投資でも、買ってすぐ売って、 銘柄をころころ変える人も多いのです。 というか、同じ人が時によって このようなまったく正反対の行動をとっているのです。 囲碁でも同じ。 変えてはいけないときに変え、 変えなければならないときに変えない人が多い。 「君子危うきに近寄らず」 と言われればそうだと思い、 「虎穴に入らずんば虎児を得ず」 と言われればやはり、そうだと思う。 真逆の真理が2つ以上あり、一概にどちらが正しい とは言い難い。 それゆえ根拠を持たない行動は人の言動や ことわざにさえ迷い、揺れてしまいます。 勝負事というのは、 結局は判断力と意思の強さ。 裏付けのない一方的な信念ではなく、状況による判断力と それを貫く意思の強さに尽きます。 雰囲気に流されることなく、 常に理由を考える習慣をつけ、一手一手を理由をもって打っていれば 迷いは最小限に抑えることができるはずです。 あなたは一手一手、そこに打たなければならない理由 を考えて打っていますか? 個人的には、 あっちフラフラ、こっちフラフラ の人の方が人間味があって好きですけど・・・ |
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November 09, 2008
第125号 逆噴射エネルギー
| 経験はありませんが、 結婚するより離婚するときの方がパワーを必要とする、 という話をよく聞きます。 これはビジネスの話でも同じで、 会社を立ち上げる時よりも、会社をたたむ時のほうが パワーを必要とします。 今まで走っていた方向と逆方向に変えるわけですから、 いわば逆噴射エネルギーを必要とするのです。 今まで走っていた方向をそのまま走るのは何もしなくても 惰性でイケるので案外楽です。 転職などもこの逆噴射に該当するのかもしれません。 今までより人生を良くしようと思えば、それなりのエネルギーが 必要とされるわけです。 囲碁も同じです。 今まで模様碁を打っていたのに、 対局の途中で急に地がほしくなって打ち方を変えれば、エネルギーのロス が生じます。 つまり、今まで打ってきた石の価値が減少してしまいます。 囲碁の場合、部分での攻めから守り、守りから攻めへの小さい方向転換 ならむしろ必要なことであり、日常的にあることです。 しかし、通常は「模様碁」から「地に辛い碁」に方向転換するような大きな 方向転換をすると、まず勝てないといわれています。 現状がいいのか変えた方がいいのか、 それは慎重な判断が必要です。 それでも変えたほうが勝つ確率が高くなると判断するのなら、 それもありです。 可能性の全くない状態を惰性で続けるより、 わずかでも可能性のある方向に一か八か変換する決断も 時には必要でしょう。 まさに囲碁は人生の縮図。 何回でも試せるところが人生より 真剣味がないとも言えますが、だからこそ 気楽で楽しいともいえます。 囲碁で人生を何通りも試して楽しまない手はありません。 |
