トップページ >囲碁エッセイ> 第129号 相対真理の難しさ

第129号 相対真理の難しさ

囲碁ほど上達が手ごわいゲームはない。

知れば知るほどゴールが遠ざかるようにさえ思えます。

いったい、何がそんなに難しいのでしょうか。

私の本業は公認会計士ですが、
理系の知人には、経済や財務・会計はよくわからないとよく言われます。

以前、東大の原子力工学科を首席で卒業した知り合いに
会計学は曖昧(あいまい)でよく分からないといわれた事があります。
ものごとの難易度というのは複雑で、頭のいい人がすべてを分かるという
ことではないようです。

それはなぜかというと、
目指す真理が異なるからです。

自然科学の目指す真理は世の中にたった一つしかない「絶対真理」です。
科学者なら天動説が正しいか、地動説が正しいか、
求める真理は一つです。

天動説も地動説もどちらもが正しい、
なんてことはないのです。


変な言い方ですが、
絶対真理は難しいけど分かりやすい難しさです。


これに対して、
経済・会計などの社会科学の目指す真理は「相対真理」です。

人間の行動を分析したり、人間が決めたルールの妥当性を研究する場合、
真理は1つとは限らず、真理が2つ以上あることがあります。
そのため、社会科学は絶対真理を探求する理系の人には曖昧に見えて分かりにくいのです

つまり、社会科学では、
Aも正しいけど、Bも正しいよ、ということもあるということです。

そのかわり、Aを主張するのなら、都合でBを主張したり、
A主張にもどったり、自分の都合で勝手にコロコロ変えるなよ、ということが社会的ルールになります。


相対真理などというのは文系の人間が勝手に作ったもので、
もともと理系の人にはそんな概念はないのかもしれません。

囲碁の難しさもこの相対真理の曖昧さに似ているような気がします。

特に布石の初手などは正解手が2つどころか無数といえるほどあるわけです。
中盤でも、どの手が正しいのか、
プロでも言い切れない場面がたくさんあります。

囲碁で常に一つだけの正解を求めようとすると、
スランプに陥ってしまうになります。

模様で打つのも正しいし、地に辛く打つのも正しいうち方。
でも、いったん打ち方を決めたら途中で方針を変えてはいけない。
これが勝つためのルールです。
社会科学の相対真理における社会的ルールにそっくりですね。


囲碁の場合、
熱心なあまりに唯一無二の絶対真理を探求することにのめり込むと、
上達は遅くなってしまうかもしれません。

「神の一手」を極めようとするタイプの人は気をつけましょう。


それもあるし、これもある・・・
ある程度の割り切りも上達の1要素であるような気がします。


18:09 | Page Top ▲