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第193号 習う碁から研究する碁・教える碁へ

勉強しているのに上達しないなぁ、と言う人。

そういう人は一度自分のしていることを疑ってみるべきです。
何かしら錯覚や勘違いがあるはずです。

最近になって、一部の識者に指摘され始めていることに
教育の偏向があります。
たとえば、学校って、何を教えてくれるところでしょう?
国語?
算数?
理科?
社会?

いえ、科目の種類ではなく、その根底に流れるものです。
学校で教えてくれる国語、算数、理科、社会。
その根底に流れるものは、いい成績を上げて、いい大学に入り、
いい会社に入って豊かな生活をするという目的です。
つまり、いかに上手に人に雇われるかというための勉強を教えてくれ
ているわけです。

しかし、豊かな生活をする方法はそれだけではありません。
むしろ、人を雇って稼ぐ経営者の方が生活は豊かになるはずです。
しかし、学校では人を雇って稼ぐための勉強は教えてくれないわけです。


話を囲碁に変えます。
あなたの習っている碁は何ですか?
布石、定石、手筋、死活、ヨセ?
いえ、科目の種類ではなく、
根底に流れるものは何かということです。

もしや、人から習うための碁ではないですか?
永久に習い続ける囲碁ではないですか?

ただ鳥のひなのように口をパクパクあけて
餌を待っているだけではないですか?


プロが強いのはなぜか。

プロも最初は人から習って、強くなっていきます。
しかし、ある時点から
(1)自分で研究する碁
(2)人に教える碁

を取り入れていきます。
その時点からアマとは次元の異なる強さ
へと変貌していきます。

プロをそのまま真似しろとは言いませんが、
真似するなら棋譜だけでなく、
そのようなプロの学習方法の多様性も見習ってみたら
少しは光が見えてくるかもしれません。


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