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第210号 石を攻めるな、心を攻めよ

囲碁は戦いのゲーム。
戦いにおいては、攻めと守りは永遠のテーマです。

攻めが先か守りが先か?

これに関しては
『攻撃は最大の防御なり』ということわざがあります。
このことわざは、人生の格言やゲーム理論としては
非常に微妙で、該当しないケースが相当あると思います。

もともと人の心は弱いので、
守りより、攻撃だ!
と諭した方が
消極的な人にはちょうどよい、
というのがことわざの真意だと思います。

皆が聞きたくない、
優等生的な解答になってしまうことを恐れぬなら
攻めでも守りでもありません。
正解は「攻めと守りのバランス」です。

『攻撃は最大の防御なり』
このことわざを知ってか知らずか
碁打ちには
特に初心者・中級者には
攻撃一辺倒や守ってばかりの両極端な人が多いようです。

まあ、バランスを意識しても、
性格を反映してどちらかに偏るのが普通です。
どちらが良いか?
微妙です。

囲碁の場合は、守りを重視する傾向があるのは事実です。
私の経験上も、
攻めて大崩れすると中押しで決まってしまいますが、
守って敗勢になってもばん回可能な程度のことが多いです。

可能性がある限り
敗勢でも勝負を捨てない。
転んでもただでは起きない。

人生も囲碁も
そんな粘り強さが必要です。


『フリカワリ』という囲碁用語を聞いたことがあるでしょうか。
お互いに別の場所を攻め合った場合、
意地もあって、どちらも方向変換せず、打ち進め、

白の勢力地と思われたところが黒の陣地に変わり、
黒の勢力地と思われたところが白の陣地に変わる。

その結果、どちらが得したか?
どちらのケースもあります。

要するに、
攻めても負けることなど日常茶飯です。
守っても負けることなど日常茶飯です。

プロでもそうです。
なぜか?

読み切れないのです。
正しい定石や手筋を知っておくのは当たり前としても。

実戦では
定石外れや手筋ならぬへぼ筋であっても
その場では、その局面においては
それが正しい、ということが例外とは言えないくらい
たくさんあります。

こうなると
技術面では限界が見えてきます。

中国の三国時代の武将「馬謖」は
「城を攻めるは下策、心を攻めるが上策」と語ったとかいいますが

囲碁もしかり。
石を攻めるな、心を攻めよ

盤面にある、すでに打たれた石は
打ち手の過去の意思です。
その盤面上の石を攻めるのは
まさに石を攻める凡手。

過去の意思より、
これから相手が打つ石、
つまり、相手の将来の意思、心を攻めるのです。

冒頭に言った通り、
人の心は弱い。
正しいことを信じ切れずに迷う人ばかりです。

自分の知識、感性を信じて自信を持って
心も身振りも堂々と打ちましょう。
定石ではしっくりこないなら、
定石外れを打ってもかまいません。

しかし、迷いながらではなく策ありという顔で
堂々と打たなければなりません。
相手の心を
「えっ、そうなの???」
と迷わせれば勝利の女神は自分に味方してくれるでしょう。

もし、自分が間違えていたら
知識として吸収すればいいだけのこと。
戦国武将と違って、
負けても命まで取られません。

しかし、
心を攻める技は
間違いを正して自分の知識として吸収することが
できない人には向かない高等戦略なのです。


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