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第288号 なぜ碁石そのものには戦闘力の差がないのか

囲碁は陣取りゲームか、戦いのゲームかといえば、
それは愚問であって、
そもそもゲームというのは
どんなゲームであってもすべて戦いです。

ただ、ゲームによって何をもって勝ちとするか
という点がそれぞれのゲームの特徴となるわけです。

麻雀なら牌を早くそろえれば勝ち、
さらに揃え方の難易度で得点に差を付け総合点で勝者を決する。

将棋なら相手の王を取れば勝ち、
囲碁の場合は陣地が大きい方が勝ちとなっているわけです。

戦いというからには、
競技者の代わりに戦う駒などの道具に、
強弱の差があるのが普通です。

麻雀なら
揃えやすい牌と揃えにくい牌があり、
将棋なら
歩や金などそれぞれの駒に異なる能力を与えて
強弱に差が付いているわけです。

こんなことは当たり前のことで
何を今更、説明なんかしちゃったりしてるんだと
お思いでしょうが・・・

囲碁の碁石には強弱がありません!!



黒石より白石のほうが強いなんてことはありませんし、
味方の石も色が同じであるだけではなく、
石の強さの差はなく、
全ての石の性質、強さなどの価値が均一です。

ところが、たしかに
碁笥の中にある石の性質や強さは同じですが、
その石が盤上に置かれたとたん、
それらの石には性格・特徴や強さの差が現れるのです。
まるで魔法のように。

これは何を意味するのでしょうか。

競技者の技量のみで石に息と強さが吹き込まれ、

また、打たれた石は
打たれた時の強さ・弱さが永久なものではなく、
その後に打たれる敵・味方の石の一つ一つによって
その都度、強さが変わってしまうのです。

考えてみれば囲碁は恐ろしいゲームです。
若い時に老後のために一生懸命貯蓄をして
老後は安泰だと思っていたら
FXに手を出して全財産を失った・・・
そのうえ借金まで背負ってしまった・・・
これからどうやって老後を暮らそうか。

囲碁も終盤まで大きくリードしながら
一手の不注意によって
大石が一気に取られて逆転負け・・・

なんとよく似ていることでしょう。


まあ、人生に似ているのは他のゲームも同じですが、
均一な強さのものに自分で強さを吹き込む
というのは麻雀や将棋にはない面白さなのかもしれません。

一般には麻雀や将棋より人気のない囲碁ですが
政治家や会社経営者が好んで
囲碁を趣味とするのがわかるよな気がします。

つまり、
均一な強さのものに
自分で強さを吹き込む
というのは既成の路線を走らされるのではなく、
より自分の創造力を生かすことができるということです。

将棋の面白いところに
敵地に入ると駒が裏になって強くなるというルールがあります。
たとえば、歩が金になるわけですが、

囲碁の場合は
碁石そのものの無表情さとはうらはらに、それよりもっと激しくて、
将棋で言うなら歩が金どころか王にもなりうるし
逆に王が歩になる可能性もあるみたいな世界なわけです。

これは
100%創造力を発揮できるということです。

そう考えると、
相手の打った石の近くになにげなく
手拍子で打ってしまうことのもったいなさ
に気がつくはずです。


一手一手
自分の魂を込めて
打たにゃいかん、
と今さらながら思うわけです。

碁石の一つ一つに
どのような命を与え、
どのような生き方(死に方も含む)をさせるか
競技者がそれを自由に操れるわけです。

こんな夢のあるゲームがほかにあるでしょうか。



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