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第294号 定石と確率論

小学生の頃、夏休みや冬休みの宿題テキストというのがあって、
数ページのワークブックを渡されて、新学期に提出させられました。
これがなきゃ、思う存分遊べるのになあ、というやつです。

今の子供たちは、自主的に?塾に行く時代ですし、
特に公立の場合は学校側も父兄に費用負担もかけるので
こういうテキストは使用していないのかもしれません。

当時、いや今でも印象に残っている6年生の時の
夏休みの宿題テキストで、
いまだに答がわからないものがあります。
これは何の問題だったのか、その教科も不鮮明なのですが、
こういう問題でした。

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海で事故が起こり、ある民間の救援船が
その救助活動を依頼されました。

船長や乗組員は
その救援活動は二次災害に巻き込まれる危険を伴い、
自らも死亡事故にあう確率が10%ある
という事故説明を聞いて、
その仕事を受けるかどうか思案します。

様々な意見が出ますが
船長も乗組員も10%のリスクなら救援に行こうという結論を出しました。

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あなたはこの話を読んで、どう思いましたか?

この問題の作成者は子供たちに何を考えさせ、
どういう答えを期待していたのでしょうか。

可能性の一つは
自分の危険を顧みないで救援活動を引き受けた
船長や乗組員たちの勇気をたたえる
という感想を欲していた。

もう一つは
10%の確率を高いと見るか、低いと見るか、
確率に対する判断を求めていた。

前者なら道徳の問題だし、
後者なら数学いや、算数の問題でしょうか?
ああ、今は道徳って教科名ないんですよね。。。

私はひねくれ者だったので、
こういう答案を書きました。

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船長や乗組員たちは10%の確率という説明にだまされた。
確率というのは何回も実行した場合に収束する率であって
人生で同じ事例のない1回しか行わない事柄においては
成功するか失敗するかの確率は
2つに一つ、50%でしかありえない。

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小学生にこんな答えを期待していたとは思えませんが、
今でも、出題者が何を答えさせようとしていたかが
わかりません。

残念ながら夏休みの宿題テキストは提出するだけで
採点されないので答は分からずじまいでした。
もしかしたら出題者も担任の先生も
答がわからなかったのではないでしょうかね(笑)

囲碁で打つ手にも確率があります。
良い手になる確率、
悪手になる確率。

基本的に悪手でも
相手が応手を間違えれば
大儲けの良い手になることもあります。

良い手でも、
相手の応手が正しければ
それほど得しないこともあります。

冒頭の船長と船員たちの話と違って
ポイントは囲碁は1回だけの人生と違って
何局も打てるということです。

だからその経験をどんどん集積していけばいいかというと
ちょっと違います・・・


同じような局面で
何度も成功した。
でも、
囲碁においては確率論は正しいけれど
自分の結果だけで判断すると正解には中々たどり着けません。

なぜなら囲碁における確率は
定石や手筋という分野で
すでに結果が出ていて、
自分の数少ない実戦経験から
結論、理論を抽出するまでもないのです。

いやそれどころか
自分の数少ない経験だけに頼ると、
定石と正反対の打ち方を正しいと信じて
しまうこともあるのです。

確率論のポイントは
母集団(事例の数)を自分だけでなく、
できるだけ多数集めたほうが
正解に近づくという点です。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」
という言葉あります。

(興味のある人は誰の言葉か調べてみてください。)

経験というのは自分だけの経験のこと、
歴史というのは過去から現在までの
大勢の人たちの経験ということです。

定石を確率論と言う言い方をする人は
ほとんどいませんが、
行き着くところ、
広く囲碁も確率論の恩恵を多分に受けている
と言えるのではないでしょうか。



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