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第297号 合理的な戦いは感情の反対側にある

「そなたの申すとおり、世の中はわからぬ。
囲碁と同じで、最後の一手を打つまで勝負の行方は見えぬものよ。」
碁石に視線を落としたまま、家康は静かに言った。
(勝負は諦めたほうが負けだ・・・)
家康はそう考えている。

囲碁もこの世の戦いも、ただの一手で局面はガラリと変わる。
その知恵を振り絞った渾身の手を打つまでは
(慎重であらねば・・・)

ひとまず家康は、秀吉側の次の一手を見きわめたうえで、
自身の立ち位置を定めることにした。

天下 家康伝  (日経2014.5.26掲載)より引用


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故信長公の草履取りだった秀吉が
後継者争いの賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破ったとき、
天下人気取りの秀吉の様子を見て、
世も末だと嘆く重臣酒井忠次と家康の会話の場面です。
このあと家康は一国と同じ価値のあると言われる
高価な肩衝茶入をお祝いに秀吉に贈っています。

家康のすごいところは
チャンスではないときに
むやみに戦わない点です。

将来の敵になると思える相手にも
その時までは敵対せず、
むしろ友好関係さえ維持しています。
たぬき親父といわれるゆえんです。

この小説では
戦いという観点から家康は
囲碁もいくさも同じと考えているようです。
これは史実であったかどうかは
わかりませんが、
たしかに共通する部分があるように思います。

勝負すべきところと勝負を避けるべきところの
峻別は勝負の行方に大きな影響を与えます。

総じて言えば、
弱い人は
勝負すべきところで逃げて、
勝負を避けるべきところで戦っています。

初級者の場合は
勝負すべきところと勝負してはいけないところの
区別ができていないことが多いのですが、

中級者以上の場合は
分かっていても逆の行動をとってしまう
ことが多々あります。

勝負すべきところはこわいのです。
だから本能的に戦いを避けてしまう。
そして、
勝負どころでない場所では
勝負の行方に影響がないと思って
怖さが伴わないこともあって、
つい、強気で戦ってしまいがちです。


相手の強い場所で、
相手が強気で打ってきた時に
「なぬっ!」
と、ムキになって戦ってしまう。
相手が有利な場所で強気に攻めて来るのは当たり前で、
生意気なわけでも、こちらをナメているわけでもないのに・・・

感情のままに打つと、
こういうことになってしまうのです。

合理的な戦いは常に感情の反対側にある
のかもしれません。

力があるのに
昇級・昇段がいまいちという場合は
知識・技術の欠落ではなく、
感情のコントロールが出来ていないこと
が原因であることも多いのです。



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