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第305号 それ、間違っている!

日本で医学が本格的に研究され始めたのは江戸時代で、
蘭学者の一部がオランダ医師から学んだり、
彼らの著作である医学書などで
勉強していました。

オランダの医学書を和訳した
杉田玄白の「解体新書」は有名です。

それ以前は人間のからだの仕組みがどうなっていたかも
知られていなかったわけです。

現代のように献体というシステムなどなかったので、
当時の医学者は処刑された犯罪者の遺体を解剖して
研究していました。

ある医学者が遺体を解剖をしたとき、
その遺体の内蔵が教科書、つまり医学書の図
と違っていることに気がつきました。


それを彼はどう考えたか?







「これは悪人だから内蔵が間違っているのだ!」

・・・

えっ?
内蔵が間違っている?

実際に見たものより本の内容の方を
信じてしまう。
言うなれば行き過ぎた教科書信仰です。
でもこの話を私たちは笑えないのです。

囲碁にも同じような思考をしてしまう
ことが多々あるからです。

定石などを勉強して囲碁を分かり始めたころに
多いのですが、
人の対局を見ていて、見慣れぬ手を見ると
言葉に出すか、心の中で思うだけかの違いはあっても、
「あっ、それは間違い。そんな定石はない。」
という反応をする人が多いのです。


これも教科書に書いてあることは絶対正しい
という「教科書信仰」なのです。
自分の打ち碁の検討でも
定石を間違えて打っていないか?
というチェックばかりしていないでしょうか。

実戦の中では
定石通り打つのが正解ではないことも多いのです。
その状況にもっとも良い手が定石とは限りません。
実戦で定石を打ってもうまくいかなかったり、
定石を外しているのにうまくいったり。
まさに現実は奇々怪々。


そのとき、実戦の方が違っている
と決め付けるのではなく、
原因究明が必要です。

その実戦が定石に当てはまらないケースだったのか
もしれないし
あるいは
相手のミスのために自分のヘボ手がうまく
いってしまったのかもしれません。

つまり、教科書に照らしてこの手が正しいか?
という検討だけでなく逆に、
実戦の打ち碁の検討から
この場合は定石を打つのが本当に正しいのか?
とか、
定石が良い手にならないケースがあるのか?
を考える姿勢も必要です。

かつて、国際戦で負けて、相手のキビしい手に
そんな手(定石)はない
とぼやく日本のプロ棋士がいましたが、
教科書一辺倒では
アマなら上達の上限が出来てしまうし、
プロなら囲碁界の発展そのものが
失われてしまうのです。



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