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第311号 10を知って3を語る

昔の話で恐縮ですが、
高校のとき、とても印象に残る
わかりやすい説明をしてくれた英語の先生がいました。
たとえば、英単語一つをとっても、
その語源などのエピソードを話してくれるわけです。

ところがある日、
その先生がポツリと本音を言ってしまいました。
みんなに話しているエピソードは事実ではなく、
みんなが覚えやすいように話を作っていると。

・・・

教室にザワザワと衝撃が走りました。
えーっ!!!
私もショックを覚えました。

その先生はそのことが悪いことだとは思っていないようでした。
だからつい、本音を言ってしまったようです。

生徒にとっては覚えた英語に間違いありませんが、
覚え方や記憶のきっかけは事実ではなかったわけです。
それによって覚えることができたのは確かですが、
当時はショックでした。

ちょっと大げさに言いましたが
今の受験界というか、予備校の講師などは
合格実績を上げるために、
これに似た方法で生徒の成績を上げている
のが当たり前の世界です。

なぜ、そんなことが分かったのかというと、
今年3月頃から独学で歴史(日本史)を学び直しているのですが
最初、有名予備校の名物講師と言われる、ある人気講師の
実績のある受験用参考書でアウトラインを勉強しました。

1回目はなるほど・・・でした。
分かりやすかったのです。

ところが、良くわからないことを
専門書や他の一般歴史書籍で知識の補充・確認をしていくうちに
その受験参考書には覚えさせるために
背景説明に明らかな間違いや事実とは異なることが
ずいぶんと書かれていることに気が付いたのです。
私の高校時代の経験と良く似た話です。

バックボーン(知識の裏付けになる背景や根拠)が正確でなくても
結論さえ覚えることができれば
それで良いのでしょうか。

考え方はいろいろあると思います。
何が正しくて何が間違いなのか
ここではっきりさせたいとは思いませんが、
バックボーンって大事です。

いろいろな人の話を聞いていると
その人の実力というか、人間性というか
そういうものが見えてきます。

表面的には話している事柄は同じでも、
10を知って3を話しているのか、
知っている3を目一杯、請け売りでしゃべっているのか、
聞いていると不思議と分かってしまうものなのです。

3が生き生きと聞こえるのは、
表に出ない7のバックボーンがあるからです。

ウソのバックボーンで覚えた知識や
バックボーンのない知識は
人前で話すと化けの皮がはがれます。


あなたは囲碁をどのように
学んでいるでしょうか。
結果だけを求めていないでしょうか。
バックボーンを伴って学んでいるでしょうか。

いわゆる正しい手を打っていても
理由が分かっていないで結論知識だけで打っていると
不思議と棋風が表れないのです。

正しい手を打っているかということよりも
たとえ間違っていても自分なりの理由・考えに基づいて
打っているかということのほうが大事です。
でもそれに気が付いていない人が多い。
勝敗にこだわっている人はすべてそうでしょう。


弱くても、たとえ間違っていても自分の工夫・考えで
打っている人のほうが人格というか人間性を感じるし、
そういう人なら友人になれる気がします。

でも、
強くても人間性を感じない人とは
まるで強い囲碁ソフトと対局しているようで
間違っても友達になりたいとは思わないのです。



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