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第55号 歩いてから考えるか、考えてから歩くか、歩きながら考えるか


印象に残っている言葉です。

アメリカ人はまず歩いてから考える。
ドイツ人は歩きながら考える。
日本人は考えてから歩く。

原典をネット検索で調べてみましたが、見つかりませんでした。
みんな自由に自分の言葉のように使っています(笑)

昔、誰かのエッセイで読んだことがあります。
いや、確か、国語の教科書でした。

それが原典だと思います。

何せ、えらく昔のことなので国名がもしかしたら違うかもしれませんが、その場合はお許し願いたいと思います。
民族性を考えるとかなり記憶は正確かもしれないという気もします。

また、正確な原典をご存知の方は教えていただけるとうれしいです。


30年近くも昔のことなのに、しかも教科書に掲載されていたエッセイがなぜ頭の中に残っていたのかというと、やはり生きていくための基本姿勢を突いた問題提起をしているからだと思うのです。

もちろん、「歩く」と言うのは健康のために歩きましょう、という場合の「歩く」ではなく、行動力、実行力のことを意味しています。

三者の行動はそれぞれに一長一短があります。
どれがもっとも良いでしょうか、ということではないのです。

歩いてから考えるのは速度を要する場合には最強の方法です。
でも、失敗することが多くなります。
しかし、失敗から学ぶことも多いでしょう。

考えてから歩くのは、考えた結果、歩かないということも多くなりそうです。失敗は少ないかもしれませんが、失敗から学ぶことは著しく減少しそうです。

歩きながら考える。
これは前二者の折衷案みたいですが、行動力もあり、かつ行動中の舵取り、方向修正もできて堅実です。
ただし、速度を要する事項に関しては成功はできないでしょう。

どれが良いとは一概に言えないようです。


囲碁の場合はどうでしょう。

人生における行動とは違い、
考えてから歩く

つまり、
考えてから打つ
が正解のようです。

「待った」ができない以上、打ったあとで考えても、意味ありません。
そう、人生は場合によっては「待った」ができますが、囲碁は「待った」ができないのです。
そこが大きく違います。

囲碁って人生よりきびしい!

考えながら打つ・・・

というのは、一手ごとの行為としては当たり前のことですが、
対局全体を見た場合は実は一番重要な行為です。

つまり、自分の構想が相手の打つ手によって崩された場合に軌道修正を考慮しながら打つ、という意味です。
これは非常に高度な技術です。

囲碁は前に打った手と整合性のある手を打たないと石の効率が落ちます。

模様碁を打っていた人が途中から急に地を欲しがり出してやたら小さい手を打ち始めるのをよく見かけます。

こういう打ち方をするとボロボロになります。
しかし、相手のあることなので思うようには打たせてもらえないので、やむを得ない?場合もあります。

打つ手に一貫性を持たせることが大前提でありながら、効率を落とさないように軌道修正をする・・・


それができれば神の領域に入ってしまうかもしれません。


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この記事は2005年11月26に配信したものです。

発行後、この言葉の原典を読者の方にこれではないですか?と教えてもらいました。笠信太郎の「ものの見方について」でした。
原文は、
イギリス人は歩きながら考える。
フランス人は考えた後で走り出す。
スペイン人は走ってしまった後で考える。
ドイツ人は考えた後で歩きだす。
でした。

よく考えてみると、
日本人は自分では考えずに人に言われて歩き出す。
かもしれません。

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