トップページ >囲碁エッセイ> 第63号  仏の顔も11度

第63号  仏の顔も11度


囲碁は楽しいけれど、正直言って誰でも上達できるとは限りません。
なぜなんでしょう?

いろいろ理由はあります。
(1)上達したいと思っているだけで実際には勉強していない。
(2)本を買っているだけで実際には読んでいない。
(3)人の対局や棋譜はみているけれど、自分は対局していない。

上達しないと嘆く人の8割は上記3つがその原因です。
結局実行していないということに尽きます。

しかし、残り2割は実際に勉強しているのに上達しないケースです。
これは悩みが深いかもしれません。

これには2つの理由があります。

多くの場合、つぎはぎだらけの1コマ学習ばかりで、体系ができていないのが原因です。

もう一つは、性格です。
上達できない性格?

ショック!
直しようがないじゃん!

そこに打ってはいけないのを知っているのに、打ってみたくなる・・・

そういう人いませんか?
子供の上達が早いのは素直だからです。
いわれたとおりに打ち、いけないと言われた手は打ちません。

大人はダメだと言われても、どうしても確かめてみたくなります。
研究ならば、それ自体が悪いとは思いません。
でも、正しいところに打とうとするあなたに
「そこじゃなくてあっちに打ってごらん、きっと相手は困るよ~」

なんて悪魔のささやきが聞こえていませんか?

戦いである以上、相手を困らせるのは大切なことです。
でも、それより先に自分がしっかりすることが大切です。

悪魔の誘惑に負けてしまう人は、上達はものすごく遅くなります。
でも未来永劫、上達しないということではありません。

問題なのは限りなく同じ過ちを繰り返すことです。
「仏の顔も三度」といいますが

囲碁はもっと寛容です。
5度でも6度でも同じ過ちを繰り返してください。

そして目覚めてください。

しかし、
10度、11度と同じ過ちを繰り返す場合は
囲碁以前の問題です。

日常生活でも
懲りないヤツ、と言われていませんか?

私は個人的にはそういう人、好きですが・・・


00:09 | Trackbacks (0) | Page Top ▲