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第171号 指にもう一つの生命がある


元大関貴ノ花(現貴乃花親方の父で元藤島親方)は
現役時代、名大関としてその名をはせました。

幕内に上がってきたころでしょうか、
当時の相撲解説者・玉ノ海梅吉がその相撲の粘り強さを見て
「貴ノ花は腰にもう一つの生命(いのち)がある」と評しました。


二枚腰とか三枚腰という言葉もありますが、
そんなありきたりの言葉では表現しきれないので
思わず出た言葉だったのかもしれません。

天性のものもあったかもしれませんが、
幕内最軽量で大関まで上がった力士の涙ぐましい努力の結果だった
と言っていいでしょう。


結果を出す者は人と同じことはしていません。
囲碁も同じです。

人が1時間勉強すれば2時間勉強し、
人が1回対局すれば2回対局する。

それができなければ人より強くなることはできません。

それに、量の問題だけでなく、
質の問題はもっと大切です。
有段者はいったい、どんなことをしてきたのか・・・
級の人はそこに興味をもって欲しいのです。

でも、勉強の仕方はひとそれぞれ。
有段者になってもそれが絶対の方法であったかどうかは
確証が持てないということもあってか、

あるいは追いつかれたくないという気持ちか、
なかなか初級者に教えてはくれません。
プロも差し障りのないオーソドックスな上達法しか教えてくれません。


一つだけ私の勉強法をお話しします。

棋譜並べという勉強がありますが、
私はその方法で
棋譜並べならぬ
定石並べや
手筋並べ
をよくやりました。

並べるものは棋譜でなけりゃいけないという決まりはありません。
具体的には

単に定石や手筋をならべるのではなく、
定石外れを打たれた時の対応手段や
相手に打ちこまれた時の対応手段を

その変化とともに何通りも
並べまくりました。


そう、何回も何回も・・・何百回も。
暗記とはちょっと違う。

すると、どうなるか・・・


頭が忘れても、
指が勝手に動く・・・


まさに

指にもう一つの生命があるかのように。


本来、
頭でわかっていなければいけないことですが、
指の記憶に支えられながら、理解を深めていけばいいのです。

最初に理屈ありき、ではありません。
最初に記憶ありきです。
記憶にないものを吟味なんかできませんから。


あなたの指にも生命を宿しましょう。


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