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      <title>囲碁大好き</title>
      <link>http://igodaisuki.net/</link>
      <description>囲碁大好きな人のために囲碁上達の方法論についてあらゆる角度から研究を重ねた成果を公開しています。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
      <lastBuildDate>Mon, 05 Jan 2009 18:09:14 +0900</lastBuildDate>
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      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>第129号　相対真理の難しさ</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">囲碁ほど上達が手ごわいゲームはない。<BR>
<BR>
知れば知るほどゴールが遠ざかるようにさえ思えます。<BR>
      いったい、何がそんなに難しいのでしょうか。<BR>
      <BR>
私の本業は公認会計士ですが、<BR>
理系の知人には、経済や財務・会計はよくわからないとよく言われます。<BR>
      <BR>
以前、東大の原子力工学科を首席で卒業した知り合いに<BR>
会計学は曖昧（あいまい）でよく分からないといわれた事があります。<BR>
      ものごとの難易度というのは複雑で、頭のいい人がすべてを分かるという<BR>
ことではないようです。<BR>
      <BR>
それはなぜかというと、<BR>
目指す真理が異なるからです。<BR>
      <BR>
      自然科学の目指す真理は世の中にたった一つしかない<FONT color="#ff0033"><B>「絶対真理」</B></FONT>です。<BR>
科学者なら天動説が正しいか、地動説が正しいか、<BR>
求める真理は一つです。<BR>
<BR>
天動説も地動説もどちらもが正しい、<BR>
なんてことはないのです。<BR>
<BR>
<BR>
変な言い方ですが、<BR>
      絶対真理は<FONT color="#ff0033"><B>難しいけど分かりやすい</B></FONT>難しさです。<BR>
<BR>
これに対して、<BR>
      経済・会計などの社会科学の目指す真理は<FONT color="#ff0033"><B>「相対真理」</B></FONT>です。<BR>
      　　　　　　　　　　　　　　　　　　<BR>
      人間の行動を分析したり、人間が決めたルールの妥当性を研究する場合、<BR>
      真理は１つとは限らず、真理が２つ以上あることがあります。<BR>
      そのため、社会科学は絶対真理を探求する理系の人には曖昧に見えて分かりにくいのです。<BR>
<BR>
      つまり、社会科学では、<BR>
Ａも正しいけど、Ｂも正しいよ、ということもあるということです。<BR>
<BR>
      そのかわり、Ａを主張するのなら、都合でＢを主張したり、<BR>
      Ａ主張にもどったり、自分の都合で勝手にコロコロ変えるなよ、ということが社会的ルールになります。<BR>
<BR>
      <BR>
相対真理などというのは文系の人間が勝手に作ったもので、<BR>
もともと理系の人にはそんな概念はないのかもしれません。<BR>
      <BR>
      <FONT color="#ff0033"><B>囲碁の難しさもこの相対真理の曖昧さに似ているような気がします。</B></FONT><BR>
      <BR>
特に布石の初手などは正解手が２つどころか無数といえるほどあるわけです。<BR>
      中盤でも、どの手が正しいのか、<BR>
プロでも言い切れない場面がたくさんあります。<BR>
      <BR>
囲碁で常に一つだけの正解を求めようとすると、<BR>
スランプに陥ってしまうになります。<BR>
      <BR>
模様で打つのも正しいし、地に辛く打つのも正しいうち方。<BR>
      <B><FONT color="#ff0033">でも、いったん打ち方を決めたら途中で方針を変えてはいけない。</FONT></B><BR>
      <BR>
これが勝つためのルールです。<BR>
社会科学の相対真理における社会的ルールにそっくりですね。<BR>
<BR>
<BR>
囲碁の場合、<BR>
熱心なあまりに唯一無二の絶対真理を探求することにのめり込むと、<BR>
上達は遅くなってしまうかもしれません。<BR>
<BR>
「神の一手」を極めようとするタイプの人は気をつけましょう。<BR>
<BR>
<BR>
それもあるし、これもある・・・<BR>
      ある程度の割り切りも上達の１要素であるような気がします。<BR>
      <BR>
      <BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/129.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 05 Jan 2009 18:09:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第128号　どうして、どうでもいいことから決めていくの？</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">世の中を見ていると、どうでもいいことから決まっていきます。<BR>
<BR>
肝心なことはなかなか決まりません。<BR>
<BR>
<BR>
簡単に決まる、決められる、そういうことから<BR>
決めていくと、<BR>
      今日は問題点をいくつ解決したぞ・・・<BR>
      という感じで、その瞬間は達成感があるからでしょうか。<BR>
<BR>
      どうやら人間は重要なことは後回しにして、<BR>
どうでもいいことから決めていく習性があるようです。<BR>
<BR>
<BR>
その結果、世の中は変わりません。<BR>
悪くなることはあっても、良くなることはないのです。<BR>
      政治がその典型です。<BR>
      <BR>
<BR>
あなたの囲碁も同じです。<BR>
<BR>
どうでもいいことからはじめていませんか？<BR>
<BR>
      一つ一つの手筋、<BR>
その知識を積み上げることは大切だし、<BR>
実行してほしいことの一つではあります。<BR>
      <BR>
毎日１問、詰碁を解く。<BR>
実行できれば理想的です。<BR>
<BR>
<BR>
ただ、身の丈を超える難問に挑戦することに魅入られてしまうと<BR>
棋力はストップしてしまいます。<BR>
      <BR>
先々の高度な技術など、<BR>
入門者や中級者にとってはどうでもいいこと。<BR>
<BR>
<BR>
一つ目の積み木を置く前に、<BR>
二つ目の積み木を重ねようとしても無意味です。<BR>
      <BR>
<BR>
囲碁の本質は構想。<BR>
<BR>
そもそもどういう碁を打ちたいか?<BR>
      構想をもって対局しているか？<BR>
      を自問自答してみましょう。<BR>
<BR>
      あなたは大将として、碁石の一つ一つに指示をしていますか？<BR>
      あなたの指示がないので、碁石が気まぐれに動いていませんか。<BR>
      本当に碁石が動いたら反則だけど・・・<BR>
というより、ホラー。<BR>
<BR>
<BR>
壮大な模様碁が打ちたいのか、<BR>
      堅実な碁がうちたいのか、<BR>
      奇襲戦法で相手を驚かせて攻めたいのか、<BR>
      <BR>
<BR>
まずはあなたの意思が存在しなければ<BR>
      一手一手の技術など意味がありません。<BR>
      <BR>
<BR>
一局の中で<BR>
大模様の手を打ったかと思うと、<BR>
堅く地を取る手を打ったり、<BR>
<BR>
意味もなく、相手を驚かすだけの手を打ったり、<BR>
<BR>
そんな碁を私も数多く打ってきましたし、<BR>
数多く見てきました。<BR>
<BR>
<BR>
いったい、何がしたいの？<BR>
      みたいな碁、まだ打ち続けますか？<BR>
<BR>
<BR>
上達したいのなら<BR>
<BR>
どういう碁を打ちたいのか、<BR>
必ず一局を始める前に決めましょう。<BR>
      そうしないと学んだ技術が生きてきません。<BR>
<BR>
<BR>
大事なのはあなたの意思。<BR>
<BR>
あなたの意思、構想があって、はじめて<BR>
学んだ技術が生きてきます。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
構想の研究。<BR>
      <BR>
まずは、そこからはじめないと<BR>
あなたの碁は変わりません。<BR>
      <BR>
      <BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/128.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">堅実な碁</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">構想</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">模様碁</category>
        
         <pubDate>Tue, 23 Dec 2008 00:56:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第127号　勝ちに偶然の勝ちあり、負けに偶然の負けなし</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">奇をてらったようなタイトルですが、<BR>
実は当然の摂理を言っているだけなのです。<BR>
      <BR>
まぐれという言葉がありますが、<BR>
仕事でも勝負事でも一定の比率でまぐれ勝ちは存在します。<BR>
      <BR>
囲碁のまぐれって、なんでしょうね。<BR>
<BR>
<BR>
自分が生きるため、あるいは相手を殺すため、<BR>
どこに打ったらいいのか。。。<BR>
      <BR>
ＡかＢかどちらかだ。。。<BR>
<BR>
で、たまたま正解の手を打てた。<BR>
      そんな時は一局の勝利も手にすることもできることが多いでしょう。<BR>
<BR>
勝てばなおさら、決め手となった手がなぜ良かったのか、他の手では<BR>
勝てなかったのかなどの検討はどこかに跳んで行ってしまうでしょうね。<BR>
<BR>
<BR>
しかし、自信をもって正解手を打てた場合と、<BR>
勘で打って正解だった場合とでは、その一局の結果は同じでも、<BR>
その後の上達の可能性という点では雲泥の差があります。<BR>
      <BR>
自信をもって打てた正解手は以降の対局でも打てるでしょうが、<BR>
まぐれの正解は次は打てるかどうかわかりません。<BR>
      勝ちには将来に繋がらないまぐれ勝ちが存在するのは確かです。<BR>
      <BR>
      ところが負けにはまぐれはないのです。<BR>
      負けには必ず敗着があります。<BR>
<BR>
敗着というのはその一局の勝敗の最も大きな原因となった失敗手のことです。<BR>
      知らないから、間違った手を打ってしまうわけです。<BR>
      正しい判断が出来ないから、間違った手を打ってしまうわけです。<BR>
<BR>
<BR>
ならばその負けは必然です。<BR>
      負けが必然だと認識できれば、<BR>
      知識を補填するなり、研究して棋力向上を図れます。<BR>
      <BR>
      <BR>
      たまたま負けた、<BR>
      調子が悪いから負けた<BR>
<BR>
ビール飲みすぎたから負けた・・・<BR>
<BR>
      <BR>
なんて強がりを言っている人は<BR>
上達が頭打ちになることが多いのです。<BR>
      <BR>
<BR>
痛っ～<BR>
<BR>
きついこと言うとわが身に返ってきますね（笑）<BR>
<BR>
      <BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/127.html</link>
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         <pubDate>Wed, 10 Dec 2008 13:55:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第126号　根拠のある判断と根拠のない信念</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">あなたは株を買ったことがあるでしょうか？<BR>
      <BR>
この株は上がる、<BR>
そう思って買うわけです。<BR>
買ったあとはこの思いはさらに強くなって、<BR>
      <BR>
この株は上がるはずだ、<BR>
<BR>
いや、上がらねばならぬとさえ思いようになります。<BR>
<BR>
      <BR>
そう思うと、その銘柄に愛着も出て、<BR>
少々上がったくらいでは売れなくなります。<BR>
<BR>
<BR>
もっと、もっとと思っているうちに<BR>
株価はピークをつけて急下降し始めます。<BR>
<BR>
株価が下がり始めたら、心理的にも売りにくくなり、<BR>
現実にも安値を追いかけなければ売れなくなります。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
あっ、これは株式投資講座ではありません。<BR>
<BR>
もっと聞きたい、という人は<BR>
      こちらへ（爆）⇒　<A target="_blank" href="http://tutaeru.net/web/080906-2.html">http://tutaeru.net/web/080906-2.htm</A>l<BR>
<BR>
<BR>
　　<BR>
何を言いたかったのかというと、<BR>
<BR>
人は一つの方向を予想したり、信じたりすると<BR>
なかなか方向転換できないという事実です。<BR>
<BR>
<BR>
前号では、<BR>
１局の中では、「模様碁」と「地に辛い碁」のような<BR>
大きな打ち方を途中変更するのは<BR>
原則として効率が落ちるのでだめですという話をしました。<BR>
<BR>
その話をしたのは、そういう人が多いからです。<BR>
<BR>
<BR>
一般的には人は一つの方向を予想したり、信じたりすると<BR>
なかなか方向転換できないのに、<BR>
<BR>
<BR>
囲碁ではなぜ、<BR>
<BR>
ころころ方針を変えてしまう人が多いのでしょうか？<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
実を言うと、株式投資でも、買ってすぐ売って、<BR>
銘柄をころころ変える人も多いのです。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
というか、同じ人が時によって<BR>
このようなまったく正反対の行動をとっているのです。<BR>
<BR>
<BR>
囲碁でも同じ。<BR>
<BR>
変えてはいけないときに変え、<BR>
変えなければならないときに変えない人が多い。<BR>
<BR>
      <BR>
「君子危うきに近寄らず」<BR>
<BR>
と言われればそうだと思い、<BR>
<BR>
      <BR>
「虎穴に入らずんば虎児を得ず」<BR>
<BR>
と言われればやはり、そうだと思う。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
真逆の真理が２つ以上あり、一概にどちらが正しい<BR>
とは言い難い。<BR>
<BR>
      <BR>
それゆえ根拠を持たない行動は人の言動や<BR>
ことわざにさえ迷い、揺れてしまいます。<BR>
<BR>
      <BR>
勝負事というのは、<BR>
結局は判断力と意思の強さ。<BR>
<BR>
裏付けのない一方的な信念ではなく、状況による判断力と<BR>
それを貫く意思の強さに尽きます。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
雰囲気に流されることなく、<BR>
常に理由を考える習慣をつけ、一手一手を理由をもって打っていれば<BR>
迷いは最小限に抑えることができるはずです。<BR>
<BR>
<BR>
あなたは一手一手、そこに打たなければならない理由<BR>
を考えて打っていますか？<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
個人的には、<BR>
あっちフラフラ、こっちフラフラ<BR>
<BR>
の人の方が人間味があって好きですけど・・・<BR>
<BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/126.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">地に辛い碁</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">模様碁</category>
        
         <pubDate>Tue, 25 Nov 2008 16:53:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第125号　逆噴射エネルギー</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">経験はありませんが、<BR>
結婚するより離婚するときの方がパワーを必要とする、<BR>
      という話をよく聞きます。<BR>
<BR>
これはビジネスの話でも同じで、<BR>
      会社を立ち上げる時よりも、会社をたたむ時のほうが<BR>
パワーを必要とします。<BR>
      <BR>
今まで走っていた方向と逆方向に変えるわけですから、<BR>
いわば逆噴射エネルギーを必要とするのです。<BR>
      今まで走っていた方向をそのまま走るのは何もしなくても<BR>
惰性でイケるので案外楽です。<BR>
      <BR>
転職などもこの逆噴射に該当するのかもしれません。<BR>
今までより人生を良くしようと思えば、それなりのエネルギーが<BR>
必要とされるわけです。<BR>
      <BR>
囲碁も同じです。<BR>
<BR>
      今まで模様碁を打っていたのに、<BR>
対局の途中で急に地がほしくなって打ち方を変えれば、エネルギーのロス<BR>
が生じます。<BR>
つまり、今まで打ってきた石の価値が減少してしまいます。<BR>
      <BR>
囲碁の場合、部分での攻めから守り、守りから攻めへの小さい方向転換<BR>
ならむしろ必要なことであり、日常的にあることです。<BR>
      しかし、通常は「模様碁」から「地に辛い碁」に方向転換するような大きな<BR>
方向転換をすると、まず勝てないといわれています。<BR>
<BR>
現状がいいのか変えた方がいいのか、<BR>
それは慎重な判断が必要です。<BR>
      それでも変えたほうが勝つ確率が高くなると判断するのなら、<BR>
それもありです。<BR>
      可能性の全くない状態を惰性で続けるより、<BR>
わずかでも可能性のある方向に一か八か変換する決断も<BR>
時には必要でしょう。<BR>
      <BR>
まさに囲碁は人生の縮図。<BR>
      何回でも試せるところが人生より<BR>
      真剣味がないとも言えますが、だからこそ<BR>
      気楽で楽しいともいえます。<BR>
<BR>
囲碁で人生を何通りも試して楽しまない手はありません。<BR>
<BR>
      <BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/125.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">地に辛い碁</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">模様碁</category>
        
         <pubDate>Sun, 09 Nov 2008 14:48:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第124号　どこまで上達するかは自分で決める！</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">今から囲碁を始めてどこまで強くなれるか。<BR>
      <BR>
新しい習い事をはじめるときは、ワクワクする気持ちと同時に<BR>
      どこまで上達できるかが気になるものです。<BR>
      囲碁は物心がつくかつかぬかの子供の頃から始めることも出来るし、<BR>
      定年になって忙しさから解放されてから始める人もいます。<BR>
      <BR>
      囲碁は年配になってから始めるほど、上達は遅いと言われるせいか、<BR>
      どこまで上達できるか心配になる人も多いようです。<BR>
      でも、<BR>
      人間って、一つのことだけをやって、生きているわけではありません。<BR>
      <BR>
      定年後であっても、家族や地域との付き合いは重要度が増すでしょうし、<BR>
趣味だって囲碁だけとは限りません。<BR>
      誰だって、他のことをいっさいせずに<BR>
囲碁に全力投球すればプロにはなれなくても、プロレベルになれます。<BR>
      <BR>
あなただって何の仕事をしているにしても、その仕事のプロのはず。<BR>
何に全力投球するかの違いだけです。<BR>
      仕事のある人、<BR>
家族や地域との付き合いをしたい人、<BR>
他の趣味もしたい人。。。<BR>
      <BR>
      <B><FONT color="#ff0000">囲碁にかける時間は人それぞれです。</FONT></B><BR>
      だから、<BR>
「どこまで上達できるか？」<BR>
      ではなく、<BR>
      「○○まで上達する！」<BR>
      なのです。<BR>
      <BR>
      <FONT color="#330000">決して、囲碁の上達に上限などないから<BR>
      どこまで上達するかは自分の意思で決めるものなのです。</FONT><BR>
      <BR>
      才能があるから６段までなれた、才能がないから万年級位者、<BR>
というものではないのです。<BR>
      <BR>
もし、あなたが現在、自分の望むところまで達していないのなら、<BR>
      それは望む棋力になるために必要な勉強量をこなしていないか、<BR>
      あるいは勉強の方法を間違っているだけの話。<BR>
<BR>
      もし、忙しくて勉強量をこなせないのなら、目標設定を変えるべきで、<BR>
      使える時間に見合った目標にすべきです。<BR>
      <BR>
      月に１局対局するだけで初段になれるわけがないのに、それで<BR>
囲碁ってむずかしいなあ、なんて言わないでください。<BR>
      もし、勉強方法を間違っているだけなら<BR>
私がお手伝いできます。<BR>
      <BR>
      <FONT color="#ff0000"><B>あなたの能力は何級まで、何段まで、<BR>
      と囲碁というゲームそのものに決められたり、<BR>
      制限されたりするものではありません。</B><BR>
      <BR>
      </FONT><B><FONT color="#ff0000">どこまで上がるかは自分の意思。</FONT></B><BR>
      <BR>
自分の棋力は自分が望んで決めるもの。<BR>
      だから他の人と比べて落ち込んだりする必要はないわけです。<BR>
      <BR>
負けたくない相手がいたら、<BR>
囲碁以外の生活を少しずつ削って、囲碁に回せばいいだけの話です。<BR>
<BR>
<BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/124.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 27 Oct 2008 01:13:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第123号　過程と結果</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">あなたは算数が得意でしたか？<BR>
      突然いやなことを思い出させてすみません。<BR>
メール、閉じないで下さい（笑）<BR>
      <BR>
実は私は算数が一番苦手でした。<BR>
あっ、嘘です。<BR>
      もっと苦手なのが体育でした。<BR>
動くの嫌いだったので。<BR>
      算数は二番目に苦手でした。<BR>
      なぜか？<BR>
      <BR>
結果が求められたからです。<BR>
      子供の頃、算数のテストがものすごく簡単な問題のときがあって、<BR>
なんと95点取れたんですが・・・<BR>
      かなりの人が100点取っていて、<BR>
95点でもビリに近かったんです。<BR>
      <BR>
１問、簡単な計算を間違えてしまったために<BR>
こういうことになったわけですが・・・<BR>
<BR>
      時代を経て、最近の教育現場では<BR>
結果より過程を重視することが多くなっているようですが、<BR>
      結果と過程どちらが大事かというのは人類の最大の命題です。<BR>
      <BR>
過程を重視するのは考え方が正しいのが大切という考え方です。<BR>
      結果を重視するのはなんだかんだ言っても<BR>
結果を出さなければ何も得られないという考え方です。<BR>
      <BR>
学校では過程を重視する傾向が強くなっていますが、<BR>
      社会に出て、仕事では結果が重視されている<BR>
ことが多いのではないでしょうか。<BR>
      <BR>
それは学校が練習試合で、<BR>
      仕事は正式試合だからなのかもしれません。<BR>
      <BR>
      <B><FONT color="#ff0000">囲碁では、迷わず<BR>
      過程を重視してください。</FONT><BR>
      </B><BR>
アマにとって、囲碁は、いつも練習試合で<BR>
      いいのだと思います。<BR>
      <BR>
      棋書による勉強においても、対局においても<BR>
過程を重視しなければ上達はありません。<BR>
      本などで問題などを解いていて<BR>
自分の答えが合っていれば、そのまま通過してしまう人が多いのですが、<BR>
      <B>解答、つまり結果だけをチェックしないで下さい。</B><BR>
      <BR>
答が合っていても、考え方が間違えていることもあるのです。<BR>
いわゆる「まぐれ」です。<BR>
      <BR>
      <B><FONT color="#ff0000">チェックすべきは結果ではなくて、むしろ「過程」・「考え方」です。</FONT></B><BR>
      <BR>
囲碁の問題集を解く時には過程をチェックすることを習慣づけましょう。<BR>
それが上達する勉強方法です。<BR>
<BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/123.html</link>
         <guid>http://igodaisuki.net/cat1/123.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 12 Oct 2008 15:52:32 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第122号　９路盤、13路盤に長居をするな！</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">大相撲の話をしてもいいですか。<BR>
外人力士ばかりで、最近興味半減しているんですけどね。。。<BR>
      <BR>
大横綱になる力士は<BR>
大関を２場所で通過するという話を知っているでしょうか。<BR>
      <BR>
つまり、大横綱になる力士は<BR>
      大関に昇進したとたんに<BR>
連続優勝して最高位の横綱に昇進してしまう、<BR>
      それくらい力と勢いがないと大横綱にはなれない<BR>
ということです。<BR>
      <BR>
もちろん、例外はあります。<BR>
大関を長く勤めて横綱に昇進する力士もいます。<BR>
      でも、あまり長く大関を勤めていると、<BR>
横綱になったときは力士としての体力のピークを過ぎていて、<BR>
実績をなかなか残せないというのが実情なのです。<BR>
      <BR>
要するに、<BR>
ピークを逃すな！<BR>
      ということです。<BR>
      <BR>
<BR>
囲碁を習う場合、大切なのは<BR>
      入門、中級、入段、高段。。。<BR>
      どの時期でしょうか。<BR>
      <BR>
全部ですね^^;<BR>
<BR>
<BR>
でも、本当に大切なのは入門時の勉強です。<BR>
      上達にはスピードが必要です。<BR>
チンタラやっていると上達できなくなってしまいます。<BR>
      <BR>
囲碁を始める人の中には自己流の人が多いせいでしょうか、<BR>
入門時の過ごし方がへたな人があまりにも多いのが<BR>
以前から気になっています。<BR>
      <BR>
９路盤、13路盤を半年も１年もやっている人がいます。<BR>
丁寧に、９路盤を６ヶ月、<BR>
そのあとさらに13路盤を６ヶ月勉強したりします。<BR>
      これは大関を10年勤めているのと同じです。<BR>
ピークを過ぎちゃいます。<BR>
      これでは<BR>
19路盤を始めたときには囲碁に興味を失っています。<BR>
だって、９路盤、13路盤は面白くないですから。<BR>
      <BR>
基本をじっくり学ぶことは大切ですが、<BR>
ジックリやってほしいのは<BR>
９路盤、13路盤ではなく、<BR>
      19路盤の基本です。<BR>
      ９路盤、13路盤は基本の前の序論です。<BR>
序論をいつまでもやっていたのでは本論が始まりません。<BR>
      <BR>
９路盤、13路盤はどちらか一方だけ学べばいいんです。<BR>
      そもそも、９路盤、13路盤を学ぶ理由は<BR>
      （１）ルールを学ぶ<BR>
（２）初手から最終手まで、一局がどのようにはじまり、どのように<BR>
　　　終わるかゲームの全体像を体感する<BR>
      この２つが目的なのです。<BR>
      <BR>
      ９路盤や13路盤では布石や定石は学べません。<BR>
19路盤とはサイズが異なるため、布石や定石も異なります。<BR>
      その意味では９路盤や13路盤と19路盤とは<BR>
まったく異質なものといえるかもしれません。<BR>
      <BR>
９路盤や13路盤は１ヶ月以上勉強してはいけません。<BR>
それは足踏みしているのと同じこと。<BR>
      いくら時間をかけても前には進んでいません。<BR>
      基本が大切です、なんて言われて<BR>
金儲け主義の碁会所やスクールにだまされて<BR>
９路盤や13路盤の講座に６ヶ月も１年も月謝を払っちゃイケません。<BR>
      月謝がもったいない。。。<BR>
      <BR>
ちがう、そうじゃない！<BR>
      時間がもったいないのです。<BR>
      だから費用をかけない独学の人にも同じことが言えます。<BR>
大切なのは時間であり、勉強のタイミングです。<BR>
      ９路盤または13路盤で、<BR>
ルールを覚え、一局の進め方と終わり方が分かったら、<BR>
      すぐ19路盤へ進んで布石と定石の勉強を始めましょう。<BR>
      <BR>
      <br>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/12213.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">13路盤</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">９路盤</category>
        
         <pubDate>Sun, 28 Sep 2008 19:29:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第121号　知識を探し出す力</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">囲碁の勉強にそれほど時間をかけているとは思えない人に<BR>
      どんどん、追い越されていく・・・<BR>
      もし、そういう自覚症状があるのなら、<BR>
あなたの勉強方法は間違っている可能性があります。<BR>
      <BR>
普通はかけた時間に比例して上達します。<BR>
多少のズレはあっても、２倍も３倍も効果に差が出ることはありません。<BR>
      しかし、現実にそのような差が出るとしたら、<BR>
効果が出ている人が他の人にくらべて、異なる勉強をしていると<BR>
考えられます。<BR>
      <BR>
細かいことを言ったら、<BR>
      詰碁の勉強法、布石の勉強法、定石の勉強法など<BR>
個別の正しい勉強法がいろいろあります。<BR>
      <BR>
でも、ここではもっと大きな基本的な姿勢に原因があることを<BR>
知ってほしいのです。<BR>
<BR>
      知識は知っている人に教えてもらえば、知ることができます。<BR>
      本を読む、<BR>
      囲碁教室に通う、<BR>
      テレビの囲碁番組を見る、<BR>
<BR>
      これらが対局以外に考えられる勉強法です。<BR>
      でも、これだけですか？<BR>
      <BR>
これらはすべて<BR>
「私に何か教えてください」<BR>
      という姿勢の勉強法です。<BR>
      <BR>
知識を教えてもらうだけでなく、<BR>
      知識を自分で探し出すことが大切です。<BR>
      <BR>
何か教えて、ではなく、<BR>
〇〇を知りたい、<BR>
      と思うこと。<BR>
      そして、思うだけではなく、その答を<BR>
自分で探し出す行動をとること。<BR>
      <BR>
何か知りたいと思ったら<BR>
知ってる人に聞いちゃえ！<BR>
      ではなくて、まず、自分で調べる。<BR>
      <BR>
知識を自分で探し出す力がつけば、<BR>
否が応でも棋力はアップします。<BR>
<BR>
<BR>
知識を自分で調べる力がついたとき、<BR>
独学可能な状態になります。<BR>
<BR>
<BR>
あなたはいつまでも<BR>
誰かにくっついていないと何もできない人でいたいですか？<BR>
      そんなことないですよね。<BR>
      <BR>
でも、どうやって、調べるの？<BR>
      基本は本ですね。<BR>
でも、すべての本を次から次と読んでいきますか。<BR>
まさか。<BR>
      <BR>
しかし、<BR>
      今は基本的なことは<B>ネットの検索</B>で調べることができます。<BR>
      しかも、多くの場合、無料で。<BR>
利用しない手はないですね。<BR>
      <BR>
与えられたことだけを覚えていく人と、<BR>
自分の疑問や知りたいと思うことの回答を自分で探す人の<BR>
棋力差はあっという間に開いていきます。<BR>
      <BR>
ネットでの調べ方の基本をまとめたページを作ったので、<BR>
参考にしてください。<BR>
<BR>
      ⇒  <A target="_blank" href="http://igodaisuki.net/kensaku.html">http://igodaisuki.net/kensaku.html</A>
      <BR>
<BR>
      <br>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/121.html</link>
         <guid>http://igodaisuki.net/cat1/121.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">囲碁</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">検索</category>
        
         <pubDate>Wed, 17 Sep 2008 15:53:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第120号　結果が出たところに集中する</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">勉強法は一般に、<BR>
      １.広く浅く<BR>
２.狭く深く<BR>
      の２とおりがあります。<BR>
<BR>
囲碁なら布石からヨセまでまんべんなくやっていないと、<BR>
総合的棋力が低くなります。<BR>
      苦手分野を放置しておくと、棋力アップの妨げになりますよ、<BR>
という話は以前にもしました。<BR>
      苦手のない平均した力が本当の力です。<BR>
      <BR>
でも、<BR>
広く浅くがひととおり済んだ場合、<BR>
さらに広く浅くを繰り返せばいいのでしょうか。<BR>
      たしかに、<BR>
「布石は得意だけど、ヨセはまったく知らない」<BR>
では１局最後まで打ち終わることもできません。<BR>
<BR>
しかし、<BR>
有段者はもちろんのこと、中級者以上の人なら<BR>
一点を掘り下げる勉強法も必要になります。<BR>
      これは得意だというところがあると対局も楽しくなります。<BR>
      少し、中長期のスパンで考えて、<BR>
掘り下げる勉強法で得意分野を一つずつ増やし、<BR>
それを各分野で循環していけば極端な偏りのない勉強になります。<BR>
      <BR>
何でもよいのですが、<BR>
ひととおり勉強した後は一点集中でやってみましょう。<BR>
      その際、どこまで深く集中するかは効果測定によって決めます。<BR>
効果測定、これは効率的上達には欠かせない ツールです。<BR>
<BR>
効果測定はペーパーテストでも良いですが、実戦対局がベストです。<BR>
      効果測定を実施しないと、<BR>
効果の出にくいところに集中して時間をかけてしまうことになります。<BR>
      面白いからって、詰碁ばかり勉強していても囲碁は強くなりません。<BR>
そういう人、結構多いんですけどね。<BR>
      <BR>
どの分野でも集中勉強すれば、棋力は必ず上がります。<BR>
でも、他の分野とのバランスが大きく崩れると、<BR>
棋力アップは一旦、止まります。<BR>
      そこが、勉強分野の移行のタイミングなのです。<BR>
      <BR>
たとえば、詰碁を集中して勉強したら、ネット碁などの対局を継続的に<BR>
行なって、棋力の上昇が続くかぎり、詰碁の勉強を続けます。<BR>
      棋力の上昇が鈍ってきたら、たとえば布石の勉強に切り替えて、<BR>
また、しばらく布石の勉強続けます。<BR>
      <BR>
こうして、バランスをとりながら<BR>
効果の出ているところを集中して勉強する。<BR>
      それが棋力アップを実感できる効果的な勉強法です。<BR>
      <BR>
      <br>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/120.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 03 Sep 2008 09:21:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第119号　守破離に学ぶ囲碁</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">「守破離」（しゅはり）ということばを見たり、聞いたり<BR>
したことありますか？<BR>
      <BR>
これは武道や芸能において、道を究（きわ）める修行の段階を表す教えです。<BR>
      この言葉の出典は定かではありません。<BR>
      能の世阿弥が「風姿花伝」（「花伝書」ともいう。）<BR>
の中で展開した芸能論の一部だとも言われていますが、<BR>
      江戸千家・川上不白の著書にも書かれています。<BR>
      <BR>
この言葉、囲碁を学ぶ場合も、まさにピッタリの教えです。<BR>
      <BR>
      <B><FONT color="#ff0000">「守」「破」「離」この３つの段階はこの順序で進めることが必要です。</FONT></B><BR>
      <BR>
「守」とは師の教えを忠実に取得すること。<BR>
      囲碁で言うなら、<BR>
<BR>
ルールを学ぶこと。<BR>
定石を学ぶこと。<BR>
基本手筋を学ぶこと。<BR>
など。<BR>
      <BR>
「破」とは基本を確実に実行出来る様になった時、<BR>
初めてその基本に則して応用し、自分自身のスタイルを模索する段階。<BR>
<BR>
<BR>
学んだ基本定石をどの場面で使うか、<BR>
さらには場面に応じた定石の変化形をどのように使うか。<BR>
      時には、場面によっては定石ではない手の方が合理的であること<BR>
に気がつくかもしれません。<BR>
      <BR>
「離」とは「破」の段階で試行錯誤しておぼろげに築きあげた「自分の型」<BR>
を、さらに磨いて、師の教えから前進し、独自の型をつくりあげる段階。<BR>
      <BR>
ところで、<BR>
      <FONT color="#ff0000"><B>あなたはいきなり「破」や「離」からはじめていませんか？</B></FONT><BR>
      <BR>
囲碁の場合はプロでも<BR>
      「破」や「離」の間を行ったり来たりしていると思います。<BR>
      <BR>
アマチュアでも高段者ならプロのレベルには及ばないものの、<BR>
それなりのレベルで「離」の段階を目指すべきでしょう。<BR>
      <BR>
でも、初心者は「守」に徹することが重要です。<BR>
      「守破離」に置き換えると、<BR>
アマチュアの初段はそれほど高いレベルではありません。<BR>
      むしろほんの入り口。<BR>
      「守」だけでも初段に到達します。<BR>
      <BR>
      <FONT color="#ff0000"><B>いろいろ高度な教材に手を出して初段に到達した人より</B></FONT><BR>
      <B><FONT color="#ff0000">基本だけで初段に到達した人の方がその後のノビしろは大きいのです。</FONT></B><BR>
<BR>
<BR>
なぜなら、土台が大きいから。<BR>
      <BR>
<BR>
あなたは<BR>
背伸びし過ぎて、ノビしろがなくなっていませんか？<BR>
      <br>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/119.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 18 Aug 2008 02:37:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第118号　愚問には愚答しか返って来ない</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">囲碁でなくてもいいんですが、<BR>
分からないことを質問して、<BR>
期待する回答を得られなかったこと、ありませんか。<BR>
      <BR>
もちろん、回答者が稚拙である場合もあるでしょう。<BR>
      でも多くの場合は<BR>
質問の仕方や表現が的を射ていないことが多いのです。<BR>
      <BR>
回答者は質問者の意図に応えようとすればするほど、<BR>
      抽象的な質問には抽象的な回答になってしまうし、<BR>
大まかな質問には大まかな回答になってしまいます。<BR>
      そして、間違った質問には回答のしようがないし、<BR>
無理に回答すると間違った回答になってしまうことさえあります。<BR>
      <BR>
      <B><FONT color="#ff0000">質問が上手であることは上達の条件です。</FONT></B><BR>
      私はこれを<B>質問力</B>と呼んでいます。<BR>
<BR>
      質問力には「<B>理解力</B>」と「<B>整理力</B>」の２つの要素があります。<BR>
      その質問をしたいと思うそれぞれのレベルにおいて<BR>
理解が進んでいる場合ほど、的確な質問ができます。<BR>
<BR>
的確な質問ができない理由の一つに「背伸び」があります。<BR>
入門者がいかに知りたいとはいえ、<BR>
サバキについて質問しても的確な回答はなかなか返ってこないでしょう。<BR>
      回答者は的確な回答をしていても、質問者がそれを理解できるレベルに達して<BR>
いないと言ったほうがいいかもしれません。<BR>
      <BR>
もう一つ、「整理力」について言えば、<BR>
      理解をできるレベルに達していても<BR>
思いついたまま質問してもダメなのです。<BR>
      分からないから訊いてしまえ！<BR>
ではやはり的確な回答は得られません。<BR>
      自分で調べ、検討すれば、頭の中で問題点が整理でき、<BR>
上手な質問ができるのです。<BR>
      <BR>
『周りにあまり石がないときに相手の石が星にある隅で三々に入って、<BR>
生きられるでしょうか？』<BR>
      文字でこういう質問をされたことが実際にあるのですが、<BR>
私は回答できないと回答しました。<BR>
      なんと不親切な！？<BR>
      でも、回答しなかったのではなく、<BR>
回答できないと回答したんですよ。<BR>
      やっぱり不親切か（笑）<BR>
      <BR>
それは、この人が何を聞きたいのか理解できなかったからですが、<BR>
      質問した本人も何を聞きたかったのかわからなかった<BR>
はずです。<BR>
      周りの配石の微妙な違いによって、結果がまったく変わってしまう<BR>
ことを理解できていない人に中途半端に答えれば、<BR>
      その人は<BR>
違う配石の場合でも同じだと思ってしまうかもしれません。<BR>
      <BR>
実は三々入りは、基本定石なので調べれば本でもネットでも出ています。<BR>
      調べもせずにただ、与えられることを望んでいる姿勢からは<BR>
良い回答は引き出せません。<BR>
      自分の知りたいことを<BR>
いかに回答者の知恵袋から引っ張り出すか。<BR>
      できるところまで自分で調べ、質問の趣旨を整理した上で、<BR>
質問する、<BR>
その努力が必要です。<BR>
      <BR>
その努力が見えれば、<BR>
親切に回答してもらえるでしょう。<BR>
      質問して、<BR>
「なんだ、知りたいこと返って来なかった」<BR>
      とガッカリする前に<BR>
あなたの質問力をチェックしてみましょう。<BR>
      <br>
<br>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/118.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Aug 2008 13:34:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第117号　囲碁上達は公式で動く！</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">あなたはこの公式を知っているでしょうか。<br>
<br>
　　　　<b><font color="#ff0033">知識×対局＝上達</font></b><br>
　　　　<br>
なんと単純、明解なことか！<br>
上達するには知識を増やすか、対局を増やせばいい、<br>
あまりにも単純で簡単なことです。<br>
<br>
しかし、簡単であるほど間違いやすいということもあるので、<br>
気をつけなければいけません。<br>
この公式をあまりに単純に考えてしまうと、<br>
効率的な上達はできないのです。<br>
<br>
知識<b><font color="#ff0033">＋</font></b>対局＝上達<br>
　　<br>
ではないということです。<br>
人がそれぞれの人生の中で囲碁に費やせる時間とか努力の量には<br>
限度があります。<br>
プロ棋士でもない限り人生のすべての時間を囲碁の研究に費やせる人はいな<br>
いと思います。<br>
<br>
もし、10（単位は時間でも努力度でもかまいません）だけ囲碁にかけることができるのなら、<br>
どのような配分で<br>
知識と対局を増やしても同じでしょうか？<br>
<br>
知識と対局にそれぞれ５ずつ力を投入するとしましょう。<br>
知識×対局＝上達　の公式にあてはめると、<br>
５Ｘ５＝２５<br>
上達数値は２５です。<br>
<br>
ところが、<br>
知識２、対局８あるいはその逆でも同じですが、<br>
このような片寄った努力では<br>
２ｘ８＝１６<br>
１６しか上達しないのです。<br>
<br>
片寄れば片寄るほど、上達度は低くなります。<br>
トータルで同じ時間をかけても、<br>
人によって上達度が異なるのはこれが原因の一つになっています。<br>
<br>
ただし、これは累積の話で、<br>
現在が片寄っているなら、これからはそれを修正する方向でウエイトを<br>
かけていくのが正しい考え方です。<br>
<br>
現在、知識が不足しているのか、それとも対局が不足しているのか<br>
まず、それを冷静に判断し、<br>
正しい方向に努力を向けましょう。<br>
<br>
<br>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/117.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 06 Jul 2008 18:57:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第116号　最短距離の意味するもの</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">囲碁を始める人にはできるだけ最短距離で上達して欲しい。<br>
<br>
本当にそう思います。<br>
でも、あなたの考えている「最短距離」と私の考えている「最短距離」は<br>
たぶん、まったく違うものです。<br>
<br>
同じ目的地に着くのなら三角形の２辺を進むより、１辺を進んだ方が距離が<br>
短い。<br>
つまり、最短距離です。<br>
私も実際に歩くときにはなるべくそういう道を選びます。<br>
<br>
でも、それは一人で完結する行動の場合です。<br>
囲碁は２人で行なうゲームです。<br>
相手の行動を考慮する必要があります。<br>
<br>
「正しいことだけ覚えればいい。」<br>
これが最短距離の一つの方法ですが、相手のあるゲームの場合、<br>
正しいことだけ覚えればいい、とも言えないのです。<br>
<br>
相手が間違いの手を打ったとき、<br>
「そんな間違いに応じるつもりはない」<br>
「相手が間違いでオレは間違っていない」<br>
なんて言ってられません。<br>
<br>
相手の間違いをとがめることができなければ、<br>
その間違いである手によって<br>
自分が負かされてしまうという不条理が生じます。<br>
<br>
間違いを前提としたその先を考える、<br>
間違いをとがめる手を覚えることも必要な学習です。<br>
でも、この学習は普通の素直な人の場合、士気が下がります。<br>
やる気が起きません。<br>
<br>
相手の失敗をつっついて自分がのし上がることは本質的には<br>
心の純粋な人にはツライ面があります。<br>
それが楽しい、という人は囲碁が強くても、<br>
人間として嫌われるかもしれません。<br>
<br>
でも、囲碁の場合は<br>
やっていけないことではないのです。<br>
自分が間違えて、相手にとがめられるという体験は貴重なのです。<br>
この体験を生かすことが上達には効果絶大です。<br>
<br>
だから上手との対局やプロの指導碁は価値があるのです。<br>
この体験は自分が受けるだけでなく、相手にも与えてあげるのが<br>
フェアというものです。<br>
<br>
<b><font color="#ff0033">相手の間違いには言葉ではなく、石でとがめてあげましょう。</font></b><br>
<br>
相手が間違えたときの応手を勉強する、<br>
これはある意味、遠回りかもしれません。<br>
でも、結局はこれが最短距離なのです。<br>
<br>
正しい打ち方を覚えるだでなく、<br>
何が間違いで、それをとがめる方法は何かまでワンセットで学ぶ。<br>
<br>
必要な遠回りは避けてはいけないというか、<br>
安易に近道をすると、<br>
大事なものを知らずに進んでしまうこともあるのです。<br>
<br>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/116.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">囲碁</category>
        
         <pubDate>Sun, 22 Jun 2008 19:56:02 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第115号　自己主張と聞き上手</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">囲碁仲間の集まりの会話です。<br>
<br>
ある定石についてＡ君が言いました。<br>
「この定石、ここでこう打つと、・・・こうなるんだって」<br>
それを聞いてＢ君とＣ君の反応は<br>
<br>
Ｂ君「へーそうなんだ・・・」<br>
Ｃ君「ああ、そうそう、ぼくもそれ知っているよ。」<br>
<br>
そしてＣ君はさらに<br>
「ところが、そこでこっちの分岐点を選ぶと・・・こうなるんだよ」<br>
と解説を続けました。<br>
さて、Ｂ君とＣ君、どちらが上達する可能性が高いでしょうか。<br>
<br>
　　　☆　　☆　　☆<br>
<br>
そんなの分かるはずありません（笑）<br>
分かりませんが、でも、Ｂ君のほうでしょうね。<br>
<br>
実はＢ君が「へーそうなんだ・・・」といいながら何を考えていたかが問題なのですが、<br>
始めて聞いた話に、今まで自分が打っていた手を思い出しながら、今聞いた打ち方をするとどう違ってくるかな？<br>
<br>
と・・・の部分で考えていて眼がうつろ？になっていたのなら末恐ろしいほど上達するでしょうね。<br>
<br>
そうではなくて、<br>
ただ知らない話を聞いたので、さらにＡ君の話の続きを聞こうとして、<br>
「・・・」と無言の状態になっていたのなら、<br>
やはり上達の可能性は高いでしょう。<br>
<br>
さらに、<br>
本当は知っていたけれど、Ａ君がその先、さらに何を言おうとしているのか、聞こうとして<br>
「・・・」だったのなら<br>
やはり上達の可能性は高いでしょう。<br>
<br>
Ｃ君のように、<br>
自分だって知ってるぞ、とばかり<br>
人の話を折って、自分が続きを話し出してしまう人、<br>
<br>
さらに最悪なのは<br>
「いや、それはもう定石ではない」<br>
みたいに批判や自己主張をしてしまう人。<br>
こういう人が意外と多いのではないかと思います。<br>
<br>
対局後の検討のときは対局者同士でああだ、こうだと<br>
やるのはいいんですけどね。<br>
Ｃ君の場合、何がいけないかというと、<br>
人の話をさえぎってしまった結果、<br>
自分の知識が最大値になって、他の人からの知識や情報が入って<br>
こないという点です。<br>
<br>
勉強すると、ついつい、<br>
自分の知識を披露したくなるものですし、<br>
他の人が知識を披露すると、自分だって今聞いたからじゃなくて前から知っていたと自己主張したくなるものです。<br>
<br>
でも、どっちが物知りだったかを競うことは意味がありません。<br>
どうしたら自分を高めることができるかを考えましょう。<br>
<br>
「自己主張する前に相手の話を最後まで聞く」<br>
つまり「聞き上手」になることはその意味でとても大切なことです。<br>
<br>
たぶん、<br>
世の中でこれを実行しないで成功している？のは政治家だけです。<br>
<br>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/115.html</link>
         <guid>http://igodaisuki.net/cat1/115.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 09 Jun 2008 01:55:04 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
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