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      <title>囲碁大好き</title>
      <link>http://igodaisuki.net/</link>
      <description>囲碁大好きな人のために囲碁上達の方法論について
あらゆる角度から研究を重ねた成果を公開しています。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
      <lastBuildDate>Mon, 19 Jul 2010 16:10:48 +0900</lastBuildDate>
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      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>第166号　負けそうな場面でも私は泣かない</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">学生時代、勝負事がきらいだという友人がいました。<BR>
      <BR>
勝者と敗者が生まれる事柄はすべていやだというのです。<BR>
<BR>
彼曰く、<BR>
      「勝ち負けのつかない遊びがいい」<BR>
      <BR>
心やさしき彼にとっては<BR>
囲碁も残酷なゲームだったのかもしれません。<BR>
何せ、生きるの殺すの、言ってますから。<BR>
      <BR>
<BR>
      そこまで行かなくても、<BR>
      <BR>
      <B>不利な局面にかかった場合、<BR>
      誰もが悔しさと苦痛を感じるでしょう。</B><BR>
      <BR>
      <BR>
入門者にはちょっと難しいけれど<BR>
<BR>
囲碁の手筋には<BR>
      サバキとシノギがあります。<BR>
      <BR>
サバキは相手の勢力圏で捨て石を使いながら<BR>
      わずかでも地をもって生きる打ち方。<BR>
      <BR>
わずかな地でも<BR>
そこがすべて相手の地になった場合と比べると<BR>
十分な荒らしになるわけです。<BR>
      <BR>
<BR>
シノギは文字通り、<BR>
      形勢や生き死ににおいて絶対絶命のピンチを凌ぐ打ち方。<BR>
      <BR>
      これらはともに上級もしくは有段者になって学ぶ<BR>
      不利な局面を打開する技術（手筋）です。<BR>
<BR>
<BR>
ただ、これらの手筋を学んだとしても<BR>
      そういった局面では精神的苦痛を避ける<BR>
ことができるわけではありません。<BR>
      <BR>
<BR>
もう、ずいぶん前ですが・・・<BR>
      小林覚九段がＮＨＫ囲碁講座で<BR>
      とてもいいアドバイスをしてくれたのを思い出しました。<BR>
<BR>
      ・・・<BR>
<BR>
思い出しました、というのはウソで、<BR>
      この思考は実は私の囲碁思考の中に完全に<BR>
取り込まれています。<BR>
      <BR>
それは・・・<BR>
<BR>
      <BR>
<BR>
<BR>
      苦しい場面では、<BR>
      <BR>
      囲碁と言うのは<BR>
      <BR>
      <B><FONT color="#ff0033">もともと不利なところからスタートして<BR>
      いかに追いつくか、<BR>
      いかに逆転するかを<BR>
      考えるゲーム</FONT></B><BR>
      <BR>
      だと思えばいい。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
当時、<BR>
      う～ん<BR>
      なるほど。<BR>
<BR>
と、思いました。<BR>
      いや、今でも。<BR>
      <BR>
不利な局面を耐える思考というより<BR>
      さらに一歩進んで<BR>
      <B><FONT color="#ff0033">不利な局面を楽しむ思考</FONT></B>になっています。<BR>
<BR>
      <BR>
そこには<BR>
      <BR>
不利な局面からスタートするのだから<BR>
      負けてもともと、という前提があります。<BR>
      <BR>
それが気負いをなくし、<BR>
      冷静さを引き出してくれるのです。<BR>
      <BR>
ＮＨＫ囲碁講座を担当していた当時の<BR>
      小林覚九段は棋聖戦に挑戦している時期と完全にダブって<BR>
      いました。<BR>
      <BR>
「自分の棋聖戦よりこっち（ＮＨＫ囲碁講座）のほうが気になる」<BR>
      なんて泣かせること言ってくれましたが、<BR>
      多忙な中、みごとに棋聖タイトルを奪取しました。<BR>
      <BR>
きっと、小林覚九段本人も<BR>
<BR>
不利な局面では、<BR>
囲碁はここから始まるゲームだと<BR>
思って戦っていたのだと思います。<BR>
<BR>
<BR>
      </td>
    </tr>
  </tbody>
</table>
]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">不利な局面</category>
        
         <pubDate>Mon, 19 Jul 2010 16:10:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第165号　勝つと思うな、思えば負けよ</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">柔道もののアニメやドラマは<BR>
いつの時代も人気がありました。<BR>
<BR>
<BR>
年を取ると<BR>
昔の話が多くなって恐縮ですが、<BR>
若い人にはまた新しい話にも聞こえるのではないかと<BR>
思います。<BR>
<BR>
<BR>
たしか、昭和４０年ごろです。<BR>
<BR>
テレビで「柔（やわら）」というタイトルで<BR>
姿三四郎を主人公にしたドラマが人気でした。<BR>
<BR>
<BR>
当時、小学生だった私も<BR>
毎週真剣になって見ていました。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
姿三四郎が猫を両手を離して落とし、<BR>
<BR>
転がらずに立つその空中の身のこなしを<BR>
研究しているシーンがとても印象的でした。<BR>
<BR>
受け身の研究ということなんでしょうが<BR>
いかにもドラマっぽいですよね。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
また、当時幼かった私の心に残った<BR>
一番のシーンは何かと言えば、<BR>
<BR>
↓<BR>
<BR>
柔は人を傷つけるためのものではないと<BR>
主張する姿三四郎に<BR>
<BR>
強い者が弱い者を投げ飛ばすのがなぜ悪いと主張する<BR>
外国人の不良柔道家たちが複数で<BR>
<BR>
<BR>
夜の帰り道に姿三四郎に<BR>
襲いかかるシーンがありました。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
姿三四郎はやむなく、<BR>
<BR>
襲いかかってきた柔道家の一人を投げ飛ばします。<BR>
<BR>
<BR>
ドラマなので５～６メートル吹っ飛びます（笑）<BR>
<BR>
<BR>
放置すれば地面にたたきつけられ、<BR>
相手は大けが必至です。<BR>
<BR>
<BR>
彼は落ちてくる相手を<BR>
<BR>
自らの手で受け止め、<BR>
<BR>
<BR>
「投げるだけが柔ではなく、<BR>
<BR>
落ちてくるあなたを支えたこの手、この心が柔です。」<BR>
<BR>
<BR>
と、のたまうのです。<BR>
<BR>
<BR>
今さらのように思い出しましたが<BR>
<BR>
このドラマの主題歌「柔」<BR>
<BR>
の出だしが<BR>
<BR>
<BR>
「勝つと思うな、思えば負けよ」<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
でした。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
あなたは囲碁で勝とうと思っていませんか。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
下手相手に<BR>
<BR>
再起不能なまでにいたぶって、<BR>
<BR>
自分だけ快感に酔っていませんか。<BR>
<BR>
<BR>
コテンパンに負けた相手は再起不能で<BR>
囲碁を止めてしまうかもしれません。<BR>
<BR>
<BR>
そういう勝ち方を望む人もいるかもしれませんが、<BR>
<BR>
たぶん、その人の周りには誰もいなくなります。<BR>
<BR>
<BR>
勝つことは目的ではなく、<BR>
<BR>
囲碁を楽しむための手段です。<BR>
<BR>
そして、囲碁は人生を豊かにするための手段です。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
目的と手段を取り違えると<BR>
ゴールはまったく逆の方向になってしまいます。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
勝負だからもちろん、勝ってもよいのです。<BR>
<BR>
いや勝つべく戦わなくてはいけません。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
しかし、<BR>
<BR>
落ちてくる相手を<BR>
支える心<BR>
<BR>
がない人の強さや技術は単なる凶器です。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
刃物などなくても<BR>
人を傷つけることはできます。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
勝負事ではありますが、<BR>
対局相手は敵ではありません。<BR>
<BR>
仲間です。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
どのように考えるか、<BR>
それはあなたの自由です。<BR>
<BR>
<BR>
      </td>
    </tr>
  </tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/165.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">支える心</category>
        
         <pubDate>Sun, 27 Jun 2010 22:35:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第164号　悪手で勝つ誘惑を断ち切れ！</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">


<p>美しい形は強い。<br /><br />

これは囲碁の基本格言。<br />
そして、私の座右の銘でもあります。<br /><br />

定石を並べてみると<br />
どれも安定した美しい形をしていることに<br />
あらためて気がつきます。<br /><br />

ところが<br />
初段が見えてくるころになると<br />
これが「きれいごと」だと<br />
思うことに出会うことがあります。<br /><br />


あなたはＮＨＫ杯テレビ囲碁トーナメント<br />
をご覧になっているでしょうか。<br />
このプロの対局を何百回も見ていると<br /><br />

１、２回、<br />

とんでもない手と解説に遭遇します。<br /><br />


「これ、形が悪くて悪手ですが<br />
この場面ではこれしかありません。」<br /><br />

みたいな解説に遭遇したことはありませんか？<br />

１０年見続ければ、１回はあるでしょう。<br /><br />

数多くの対局をするうちには<br />
正しい手を打っても勝てないことがあります。<br /><br />


何億局、何兆局打たれても<br />
同じ棋譜は存在しないだろうと言われている<br />
囲碁の変化の多さ。<br /><br />


その中には定石を打っては勝てない場面もあり、<br />
悪形を打たなければ勝てない場面もあるのです。<br /><br />


プロはそういう場面では確信をもって悪形を打ちます。<br />
アマも読み切れればそれで良いのです。<br /><br />

でも、読み切れないのなら<br />
そういう場面では一か八か悪手を打って勝ちに行くのではなく、<br />
あえて原則どおり打って、敗者になったほうがいいのです。<br /><br /><br />



悪手を打って勝ったとしても、いいのはその時だけ。<br /><br />
      <FONT color="#ff0033"><B>通常の場面でも悪手を打てば勝てるような誘惑に</B><br />
      <B>とりつかれてしまい、自分の碁が乱れます。</B></FONT><br />
      <br />




もともとゲーム類の定石（定跡）は勝利の確率に基づいた経験則です。<br />

千に一、万に一の例外は無視することを前提としています。<br /><br />



たとえそれで負けても<br />
９９９勝１敗です。<br />

９９９９勝１敗です。<br /><br />


<B><FONT color="#ff0033">どのような時も原則を貫けばいいのです。</FONT></B><br /><br />
      <FONT color="#ff0033"><B>それはいかなる場合でも勝てる方法ではないけれど、</B><br />
      <B>長い目で見て、いわゆる「負けない打ち方」です。</B></FONT><br />
      <br />


時として理不尽な負け方をすることがあっても<br />
耐えて原則を貫き通せば勝率は上向き、<br />
意識せずとも棋力もいつの間にか上がっているはずです。<br /><br /><br />


わずかな例外のために<br />
自分の碁を乱す愚は避けましょう。<br /><br />


まして、<br />
自分から定石外れを打ちにいくなんて<br />
もってのほか<br />
というわけです。</p>
<BR>
      </td>
    </tr>
  </tbody>
</table>
</table>]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/164.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">負けない打ち方</category>
        
         <pubDate>Mon, 07 Jun 2010 13:14:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第163号　もしも相手がアタリに気がつかなかったら</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">この石取りたいなぁ。 <br />
      <br />
あっ、取れるかも。 <br />
 <br />
 <br />
気がついたかなぁ・・・ <br />
 <br />
      <br />
 <br />
こんなことありませんか。 <br />
      <br />
と訊くまでもなく、 <br />
たいていの人が経験済みだと思います。 <br />
      <br />
相手がどう打とうが取れている <br />
というのではなく、 <br />
 <br />
 <br />
相手が気がつけば取れないが、 <br />
気がつかなければ取れる・・・ <br />
 <br />
という場合です。 <br />
大石だったら <br />
ちょっと、ドキドキしますね！ <br />
 <br />
      <br />
相手がアタリに気がつかないで、他に打ったら <br />
気がついて打ち直さないうちに <br />
      早い動作でさっと相手の石を取ってしまう、 <br />
 <br />
そういう行動をする人、けっこう多いです。 <br />
 <br />
 <br />
取られる立場で見ても <br />
観戦者として見ていても <br />
      かなりみっともないです。 <br />
 <br />
 <br />
そもそも打ち直しや <br />
打ち直しの懇請はルール違反なので <br />
そんなことは心配する必要がないのです。 <br />
 <br />
 <br />
でも、まれに「ハガシ」をする人もいるので <br />
はやく石を取ってしまいたいのでしょうね。 <br />
 <br />
 <br />
そもそもルールとして相手がアタリに気がつかなかったら、 <br />
黙って石を取ってもよいのか、という問題ですが、 <br />
 <br />
      ルールでは禁じられていません。 <br />
 <br />
      対局ソフトの中には <br />
アタリになると <br />
 <br />
「アタリです。」 <br />
      と、いちいち音声でアナウンスするものもあります。<br />
 <br />
      これはルールではないけれど<br />
マナーとしてはアタリは相手に告知するのが良いとされているからです。<br />
 <br />
      <br />
私はアタリに気がつかない相手の不注意で勝ってもうれしく<br />
ないし、それで自分の棋力が伸びるわけでもないので、<br />
      <br />
アタリを告知してしなかったことを詫びて<br />
相手に打ち直してアタリをツイでもらっています。<br />
 <br />
そうすることで打ち直しがルール違反でないことを示し、 <br />
相手の不要な罪悪感を拭うようにしています。 <br />
 <br />
      ズルでも何でもないんだよ、 <br />
と認識してもらうためです。 <br />
      <br />
まあ、高潔な人格者のようなことを言っていますが、 <br />
せっかくの対局をあなたのそんなドジで台無しにしないでよ。 <br />
という気持ちも半分あります。 <br />
 <br />
      もちろん、だまって石を取っても <br />
非難されるものではありません。 <br />
 <br />
      ただ、人格は見られます。 <br />
そういう人なんだな、と。 <br />
 <br />
 <br />
プロの世界では気がつかない方が恥ずかしいので <br />
告知もしませんし、 <br />
告知しないことを詫びることもありません。 <br />
      <br />
囲碁の思考からいえば、 <br />
      相手が気がつかなければ取れるかもしれない石を <br />
追いかけること自体が未熟で間違った思考なのです。 <br />
      <br />
 <br />
そういう打ち方をして相手が気づいてツイだら、 <br />
自分の石の形が崩れていて逆に取られてしまうということ <br />
はよくあります。 <br />
 <br />
 <br />
目指すべきは勝利ではなく <br />
棋力アップです。 <br />
      <br />
ただただ刹那の勝利に酔いしれても <br />
      あなたの棋力は向上しないのです。 <br />
 <br />
 <br />
      </td>
    </tr>
  </tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/163.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">アタリ</category>
        
         <pubDate>Sun, 23 May 2010 22:44:19 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第162号　負けない技術</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488"><BR>
      以前、「囲碁サブノート」サイト上で毎週、詰碁を出題する「詰碁ランキング」というコーナーをやっていたころの話です。<BR>
      <BR>
      この囲碁大好きを発刊する2003年以前のことです。<BR>
      詰碁に関するポイントやエッセイを時々サイトに書いていました。<BR>
      <BR>
      その中で、対局において死活等に関して<BR>
対局者同士の判断が分かれたときどうするか、<BR>
      という問題を提起したことがありました。<BR>
<BR>
      特に級位者にとって<BR>
      「曲がり四目」の死活はわかりにくく、<BR>
対局で、もめることがよくあったからです。<BR>
      もちろん、その判断によって、勝敗そのものが逆転するという想定です。<BR>
      <BR>
私は、<BR>
      自分が正しいと思っても、所詮、素人。<BR>
間違っているかもしれないし、<BR>
<BR>
相手が理解できないようだったら<BR>
その場は勝ちを相手に譲り、<BR>
      <BR>
棋譜を残して後日、検討して<BR>
自分の知識として吸収すればいい、と書きました。<BR>
      <BR>
実は当時、これにはかなりの反論がありました。<BR>
      正しいことは相手にわからせるまで主張すべきという<BR>
意見が大勢でした。<BR>
      <BR>
あなたはどうでしょうか。<BR>
      この意見の<BR>
まっすぐな気持ちはわかります。<BR>
      <BR>
でも<BR>
囲碁とは言え・・・<BR>
      そんなに<B>筋を通して</B>どうするんでしょうか。<BR>
      　　　　<BR>
      その主張の裏には<BR>
勝ちたいという気持ちがあるはずです。<BR>
      <BR>
自分のことだけ考えているから<BR>
      何が何でも勝ちたくなるのです。<BR>
      自分、自分、ではなく、<BR>
      少しだけ相手のために打ってみましょう。<BR>
      <BR>
相手のために打つということは<BR>
      負けてあげるということではありません。<BR>
      いい碁を打つということです。<BR>
      正々堂々とした、恥ずかしくない碁を打つということです。<BR>
<BR>
そうすれば<BR>
検討もせず勝敗だけにこだわることの愚に気がつくでしょう。<BR>
      <BR>
囲碁においては<BR>
勝ちたいと思うほど、<BR>
      <BR>
相手のミスを期待するような卑怯な手を打ち、<BR>
      すでに50目もリードしているのに<BR>
さらに勝とうとして<BR>
      相手をいたぶり、傷つけ、<BR>
<BR>
あるいは<BR>
欲張って自滅し、<BR>
      すでに負けているのに、<BR>
相手の迷惑も顧みず投了せずに打ち続ける<BR>
      ようになってしまいます。<BR>
      <BR>
勝っても負けても<BR>
これは醜い。<BR>
<BR>
      <BR>
勝つためではなく<BR>
      相手のためにいい碁を打つこと。<BR>
      実はこれが一番負けない打ち方なのです。<BR>
      <BR>
勝っても負けても、<BR>
      相手から楽しかった、勉強になった、<BR>
また打ちましょう<BR>
      と言われる碁を打ってください。<BR>
      <BR>
囲碁は「手談」。<BR>
      打つ手によって語らうゲームです。<BR>
      <BR>
勝ちたいという邪念を捨てた時こそ<BR>
      一番強い自分になれるのです。<BR>
<BR>
<BR>
      </td>
    </tr>
  </tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/162.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">負けない技術</category>
        
         <pubDate>Sat, 08 May 2010 21:42:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第161号　本とビデオ、どちらが上達するか</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488"><BR>囲碁の教材として基本的なものは本です。<BR>
<BR>
<BR>
お値段が跳ね上がりますが、<BR>
ビデオ（またはＤＶＤ）教材というのもあります。<BR>
<BR>
<BR>
私のサイトで使っているようなＪＡＶＡ碁盤も<BR>
一手一手が順番に見れるのでビデオと同質のものと<BR>
考えていいでしょう。<BR>
      <BR>
<BR>
ビデオとほとんど同じですが、<BR>
パソコンで見れる動画も機能は同じです。<BR>
<BR>
<BR>
動画はビデオやＤＶＤにしなくてもネット配信ができるので<BR>
郵送してもらう必要がありません。<BR>
代金を払うとパソコンでダウンロードして即入手できます。<BR>
<BR>
かなり便利ですね。<BR>
しかも、郵送料などのコストのかからないので<BR>
価格もビデオやＤＶＤよりも安いことが多いです。<BR>
<BR>
<BR>
これからは<BR>
郵送コストがかかるビデオ（またはＤＶＤ）教材から<BR>
動画教材へとシフトしていくかもしれません。<BR>
<BR>
<BR>
ここで考えてほしいのは<BR>
<BR>
「本」　対　「ビデオ・ＤＶＤ・動画」<BR>
<BR>
の構図で、<BR>
<BR>
どちらが上達に効果があるか、です。<BR>
<BR>
      <BR>
ビデオ・ＤＶＤ・動画はわかりやすいです。<BR>
      手順が視覚的に追えるので理解しやすいからです。<BR>
      <BR>
ビデオ・ＤＶＤ・動画は価格が高いので本ほど<BR>
普及していませんが、<BR>
<BR>
<BR>
価格が本と同じなら<BR>
      使う教材はすべてビデオ・ＤＶＤ・動画にしたほうがいい。<BR>
<BR>
<BR>
・・・と思ってしまいそうです。<BR>
<BR>
      <BR>
たしかにビデオ・ＤＶＤ・動画は理解のためには効果的です。<BR>
<BR>
<BR>
      <B><FONT color="#ff0033">しかし、ビデオ・ＤＶＤ・動画はあなたのヨミの力を奪っているのです。</FONT></B><BR>
      <BR>
一手一手映像で示されたら、手順を読む必要がなくなります。<BR>
      <BR>
<BR>
１つの棋譜図に手順が番号入りの碁石でいくつも記入されている本は<BR>
理解しにくいです。<BR>
<BR>
手順を読みにくいです。<BR>
      手順だけでなく本自体も読みたくなくなってしまいそうです。<BR>
<BR>
<BR>
でも、この<BR>
手順が番号入りの碁石でいくつも記入されている本から<BR>
<BR>
<BR>
      <B><FONT color="#ff0033">頭の中の碁盤に順番に石をおいて、イメージしようとする行為こそ<BR>
      ヨミの力を養っているのです。</FONT></B><BR>
<BR>
      <BR>
ビデオ・ＤＶＤ・動画だけで勉強したら<BR>
あなたはまったく先を読めない碁打ちになってしまいます。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
      <B><FONT color="#ff0033">理解はビデオ・ＤＶＤ・動画で行い、</FONT></B><BR>
      <BR>
      <B><FONT color="#ff0033">ヨミは本で鍛える。</FONT></B><BR>
      <BR>
<BR>
役割はそれぞれ別です。<BR>
<BR>
<BR>
たとえこれから先、<BR>
どんなにビデオ・ＤＶＤ・動画が普及しようと、<BR>
      本での勉強を忘れないようにしましょう。<BR>
      <BR>
間違っても、<BR>
<BR>
本かビデオか<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
なんて<BR>
二者択一の結論など出さないことです。<BR>
<BR>
      </td>
    </tr>
  </tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/161.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ビデオ</category>
        
         <pubDate>Sun, 25 Apr 2010 22:26:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第160号　素直と実行力こそ棋力に直結する</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">以前、素直というのは性格ではなく、能力だという話をしました。<BR>
<BR>
<BR>
子供の上達が早いということからも<BR>
      素直な人が上達が早いということは想像できたと思います。<BR>
      <BR>
素直の対極にあるのは天の邪鬼です。<BR>
      ならば、天の邪鬼な人は上達できないのか？<BR>
      <BR>
という疑問が生じます。<BR>
<BR>
思うに、<BR>
天の邪鬼なくらいなら、プロを目指せるかもしれません。<BR>
<BR>
<BR>
人と同じことをしているのでは大成しないのがプロの世界。<BR>
<BR>
<BR>
人と同じ勉強はしない。<BR>
<BR>
徹底的に我流で勉強する。<BR>
<BR>
      そして、我流で成功する。<BR>
      <BR>
      <BR>
ある意味、天才です。<BR>
      でも、我流で沈没したら<BR>
ただのアホです。<BR>
<BR>
<BR>
天の邪鬼は両極端な結果があると言えるでしょう。<BR>
      <BR>
プロを目指すなら別ですが、<BR>
アマで囲碁を楽しむのなら<BR>
天の邪鬼はやめた方がいいでしょう。<BR>
<BR>
      <BR>
世の中で一番いけないのは中途半端。<BR>
      素直でもなければ天の邪鬼でもない。<BR>
      <BR>
人の言うことは「はいはい」と聞くけれど、<BR>
実行はしない。<BR>
<BR>
      違うと思っても<BR>
「はいはい」と言って反論はしない。<BR>
<BR>
      一見、素直だけれど、実際には聞いていないし、実行しないので<BR>
      本当に素直なのではなくて、<BR>
どうでもいいのか、人を馬鹿にしているかのいずれかです。<BR>
      <BR>
実は素直な人と中途半端な人は外見は似ているので<BR>
区別がしにくいのです。<BR>
      <BR>
定石に無条件に従えとは言いません。<BR>
定石が正しくないのなら訂正していくべきです。<BR>
      <BR>
でも、正しいと思ったのなら、<BR>
また、正しくないことを解明できないのなら<BR>
定石に従いましょう。<BR>
<BR>
人の意見に対しても同じことが言えます。<BR>
      正しいことに従うということは<BR>
実行を伴って初めて可能になることです。<BR>
      <BR>
<BR>
素直でも、人のアドバイスや本で読んだことを実行しない人は<BR>
結局、中途半端な人と同じ結果になってしまいます。<BR>
<BR>
実行しましょう。<BR>
<BR>
<BR>
あなたのせっかくの素直な能力を<BR>
      中途半端な人と同じにしてしまうのはあまりにも<BR>
もったいないのです。<BR>
<BR>
      <BR>
      </td>
    </tr>
  </tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/160.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">素直</category>
        
         <pubDate>Sun, 11 Apr 2010 16:46:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第159号　囲碁指導者の条件</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488"><BR>
プロ棋士はどの程度アマチュアの棋力のことを知っているのでしょうか。<BR>
      <BR>
たとえば、<BR>
      １０級の人が知っていなければならない定石とか、<BR>
      ５級の人が知っていなければならない定石・手筋とか、考え方とか・・・<BR>
      <BR>
指導する立場だから、もちろんすべて把握しています。<BR>
<BR>
<BR>
・・・と言いたいところですが<BR>
      必ずしもすべてのプロ棋士がそうだとは言えないようです。<BR>
      <BR>
プロ棋士はプロゴルファーとよく似た面があります。<BR>
      それはプロゴルファーのトーナメントプロとレッスンプロ<BR>
の関係に酷似した職域がプロ棋士にも存在するからです。<BR>
      <BR>
プロゴルファーはみなトーナメントプロとして<BR>
      賞金を獲得するのが本業であり、目標としています。<BR>
      <BR>
      しかし、賞金で生計を立てられる人はほんの数％です。<BR>
賞金を稼げないプロゴルファーは否応なしに<BR>
レッスンプロにならざるを得ません。<BR>
<BR>
囲碁界も酷似していませんか。<BR>
      ただ、そうしたレッスンプロが教え方が上手であれば何も言うことは<BR>
ないのです。<BR>
<BR>
<BR>
教え方が上手ということには２つの要素があります。<BR>
<BR>
（１）アマチュアの棋力水準を熟知していること<BR>
（２）説明が上手であること<BR>
<BR>
この２つを満たしているレッスンプロがどれだけいるでしょうか。<BR>
      <BR>
タイトル戦を目指して全力をあげている若手のプロ棋士は、<BR>
アマを教えている余裕なんかないはず。<BR>
      囲碁教育に直接携わらなくても、タイトル戦や世界戦で<BR>
いい棋譜を残すことが最大のアマの教育にも貢献します。<BR>
      <BR>
しかし、<BR>
タイトル戦を目指しながら、まだ稼げないから<BR>
囲碁教室でアルバイト、<BR>
      なんて棋士が上記の２点を備えているとはとても思えません。<BR>
      <BR>
中途半端な人に教えてほしくないのです。<BR>
上達もせずに月謝だけ払っている迷子が大勢います。<BR>
      <BR>
タイトル戦は放棄し、<BR>
レッスンプロに徹したプロ棋士なら、<BR>
話はわかります。<BR>
<BR>
いずれにしても<BR>
アマを指導する人には<BR>
<BR>
（１）アマチュアの棋力水準を熟知していること<BR>
（２）説明が上手であること<BR>
<BR>
の２つはクリアしてほしいものです。<BR>
      ・・・<BR>
これはタイトルを取るより難しいかも・・・<BR>
      <BR>
<BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/159.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">囲碁指導者</category>
        
         <pubDate>Sun, 28 Mar 2010 16:04:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第158号　敵を太らせよ</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">中年になるとちょっと腹が出てくるので<BR>
      ライバルも太らせて、同じようにメタボにしてやろう！<BR>
      <BR>
・・・という話ではありません。<BR>
<BR>
      敵を太らせる、ということから<BR>
賢明なあなたは<BR>
<BR>
「相手に無駄手を多く打たせて太らせ、<BR>
あとでごっそり、丸ごと取る。」<BR>
      <BR>
ことを連想したかもしれません。<BR>
<BR>
実はそれを連想するように書きました。<BR>
      でも、それを連想してもらいつつ、<BR>
      ここではもっと広い意味の太らせ方について<BR>
知ってもらおうと思っているのです。<BR>
      <BR>
「敵に塩を送る」<BR>
ということわざをご存じだと思います。<BR>
      <BR>
      戦国時代の話が語源です。<BR>
      <BR>
      1567年武田信玄が今川氏との同盟を破棄し、<BR>
東海方面への進出を企てたときの話です。<BR>
<BR>
同盟を破棄されて怒った今川氏は北条氏と協力して、武田領内へ塩<BR>
の流通のを止めてしまいました。<BR>
<BR>
      武田の領地は甲斐・信濃（現在の山梨・長野）で、<BR>
海に面していなかったため、<BR>
流通を絶たれると塩を取ることが出来ず領民は苦しんだわけです。<BR>
      <BR>
      <BR>
塩（Salt）は給料（サラリー Salary）の語源にもなっていて、<BR>
生きていくために必須の物質だったわけです。<BR>
      <BR>
      このとき、宿敵上杉謙信が越後から信濃へ塩を送り、武田氏とその領民を助けたというエピソードがあります。<BR>
      <BR>
      <BR>
      この話から、敵対関係にある相手でも、相手が苦しい立場にあるときには助けてあげることを「敵に塩を送る」というようになりました。<BR>
<BR>
<BR>
あなたに碁敵（ごがたき）がいたら、<BR>
負けたくないという気持ちが強いかと思いますが、<BR>
<BR>
その一方で、その碁敵がスランプに陥り、<BR>
手ごたえのない相手になってしまったら、<BR>
<BR>
やったー、と<BR>
喜びますか？<BR>
<BR>
逆にさびしくなってしまうのではないでしょうか。<BR>
<BR>
      そんな時は<BR>
      自分の持っている上達情報やら<BR>
役に立つ棋書やら<BR>
      を教えて<BR>
      再び強い碁敵になってほしいと思いませんか。<BR>
<BR>
      まさに「敵に塩を送る」ですね。<BR>
      <BR>
<BR>
勝てばいいという<BR>
勝利の刹那の快感だけを求める人は<BR>
      強くはなれません。<BR>
      <BR>
碁敵が強ければ強いほど<BR>
      自分も強くなれるという発想こそ<BR>
上達の発想です。<BR>
<BR>
      これをさらに一歩進めれば、<BR>
      碁敵をどんどん、強くさせ<BR>
つまり、太らせ、<BR>
<BR>
対局を通して自分もその恩恵にあずかる<BR>
という発想はいかがでしょうか。<BR>
<BR>
<BR>
もし、あなたがそうする前に<BR>
      碁敵があなたに<BR>
      棋書や、対局ソフトや・・・<BR>
      いろいろ貸してくれるようになったら<BR>
      <BR>
敵もそれを狙っているのかもしれません。<BR>
<BR>
ご用心（笑）<BR>
<BR>
<BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/158.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">敵に塩を送る</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">碁敵</category>
        
         <pubDate>Sat, 13 Mar 2010 18:08:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第157号　順序を間違えると、うまくいかない</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">あなたは自分の能力に対して、今の給料は安いと思っていませんか？<BR>
      <BR>
図星？<BR>
<BR>
<BR>
能力のある人ほど、そう思っているでしょうね。<BR>
それはごく一般的なこと。<BR>
      <BR>
自分は能力がないから、今の給料で十分です、<BR>
と思っている人がいたとしたら、<BR>
      悟っている場合を除いて、そのほうがむしろ問題です。<BR>
      <BR>
今の給料で十分と思ったら、<BR>
多分、その人は努力しないでしょう。<BR>
<BR>
人間は不満があるからこそ、<BR>
もっと頑張って、認めてもらおうとするわけですから。<BR>
      <BR>
自分の能力に対して、今の給料は安い。<BR>
      恥ずかしながら、私もそう思っていた時期がありました。<BR>
<BR>
自分をどの程度の能力者だと思っているか、<BR>
      そして今の給料の金額<BR>
      にもよりますが、<BR>
<BR>
自分の能力に対して、今の給料は安い。<BR>
      そう思っている間は<BR>
      人は決して幸せにはなれないのです。<BR>
<BR>
      <FONT color="#ff0033"><B>なぜならそれは順序が違うから。</B></FONT><BR>
      <BR>
給料は行った仕事に対して支払われるもの。<BR>
      その行った仕事や能力の評価は<BR>
      自分がするものではなく、依頼者・支払者が決めること。<BR>
      <BR>
自分がすべきことは自分のした仕事を評価して<BR>
給料を査定することではなくて、<BR>
      ただ、一生懸命働くこと。<BR>
      <BR>
一生懸命働く前に自分の給料を評価しようとするから<BR>
      不満に満ちた人生を過ごすことになってしまうのです。<BR>
      <BR>
自分が一生懸命仕事をした結果、その報酬が決まるのであって、<BR>
      給料がいくらだから仕事をしよう、ではないのです。<BR>
      世の中のほとんどの人が<BR>
この点は勘違いしているようです。<BR>
      <BR>
私がこのことに気がついたのは<BR>
39歳のときでした。<BR>
      <BR>
この時から<BR>
収入の多寡にかかわらず<BR>
一生懸命仕事をするようになりました。<BR>
<BR>
当然、そのほうが収入が増えました。<BR>
      <BR>
<BR>
関係があるのかないのか、その翌年が、<BR>
囲碁を始めた年でした。<BR>
      <BR>
<BR>
      <FONT color="#ff0033"><B>順序を間違えると、うまくいかない。</B></FONT><BR>
      <BR>
その発想は私の囲碁にも息づいています。<BR>
      順序をたどれば、道はゴールに到達します。<BR>
      <BR>
逆走や中間省略はやめましょう。<BR>
      マラソンでは逆走はもちろん、ズルして近道を通っても、<BR>
失格になります。<BR>
      <BR>
囲碁も同じ。<BR>
ズルしないで<BR>
王道を順序正しく走ってください。<BR>
<BR>
      あなたが途中であきらめない限り、<BR>
必ずゴールに着きます。<BR>
      <BR>
一局の碁でも、<BR>
一歩一歩の地道な基本手を順序どおり打つのが<BR>
勝利というゴールへの最短コースです。<BR>
<BR>
一手の効率を高めようとして順序を飛ばすと、<BR>
あとでその隙を狙われます。<BR>
      <BR>
<BR>
勉強の仕方でも<BR>
      入門書をかじっただけで<BR>
中途を飛ばして<BR>
      有段者向けの棋書を読む人が多すぎます。<BR>
<BR>
      それは近道を通ったマラソンと同じ。<BR>
      囲碁上達という競技においても<BR>
失格になりますのでご注意ください。<BR>
<BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/157.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">順序</category>
        
         <pubDate>Sun, 28 Feb 2010 19:28:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第156号　お前には無理だよ</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">「お前には無理だよ」と言う人の言うことを聞いてはいけない。<BR>
      <BR>
私が４０歳から囲碁を始めた時、<BR>
      初段は無理だよと言われました。<BR>
      <BR>
もちろん、囲碁は若い時から始めたほうがいいのは<BR>
間違いではありません。<BR>
      でも、日本では勉強の妨げになるからと、<BR>
      教育熱心な親は中高生の囲碁は禁止するでしょうね。<BR>
      <BR>
日本より囲碁が盛んな韓国では<BR>
      囲碁は頭の働きを良くするから<BR>
学校の成績も良くなると言われ、<BR>
      子供に囲碁を習わせる親も多いそうです。<BR>
      <BR>
そういう子供たちから<BR>
多くのプロ棋士が輩出されるため、<BR>
日本と違い、韓国囲碁界は盛況です。<BR>
<BR>
<BR>
でも、それは光の部分。<BR>
影の部分も認識しなければ<BR>
事実を正確には捉えられないでしょう。<BR>
      <BR>
囲碁をすると、学校成績も上がる・・・<BR>
      <BR>
間違えてはいけません。<BR>
      これは明らかに嘘です。<BR>
      <BR>
考えてもみてください。<BR>
      自分をコントロールすることのできない<BR>
      子供が囲碁を覚えたら、夢中になって<BR>
      学校の勉強なんかするはずありません。<BR>
      <BR>
囲碁に夢中になれば、<BR>
学校の成績はみるみる落ちて、<BR>
      挙句、<BR>
プロ棋士になれるのはごく一部で、<BR>
<BR>
ほとんどの場合は<BR>
      まっとうな人生を踏み外して、<BR>
フリーターになってしまうのが関の山です。<BR>
      <BR>
      <BR>
夢のない話をしてしまいましたね。<BR>
      つまり、<BR>
プロ棋士を目指す人は特殊なんです。<BR>
      <BR>
アマチュアで囲碁を楽しむのなら<BR>
      ４０代からでも遅くありません。<BR>
      幸運にも学生時代（大学）に囲碁を知って、始めれば上達は早いですが、<BR>
      学生時代は勉強し、<BR>
人生をしっかり構築してから<BR>
      始めても遅くはないのです。<BR>
      <BR>
<BR>
４０代どころか、定年退職した６０代からでも<BR>
遅くありません。<BR>
<BR>
遅くありませんというのは<BR>
      楽しめるという意味とともに<BR>
有段者にもなれますという意味です。<BR>
<BR>
      しかし、<BR>
そのとき聞こえるのが冒頭に記した<BR>
      「お前には無理だよ」<BR>
      この声に洗脳されると<BR>
初段にはなれません。<BR>
      <BR>
      <BR>
      「お前には無理だよ」と言う人の言うことを聞いてはいけない。<BR>
      <BR>
      自分が初段になれなかった人は<BR>
      他の人にも初段になって欲しくないのです。<BR>
      同じく初段になれなかった友達が欲しいのです。<BR>
<BR>
<BR>
あるいは、残念ながら<BR>
有段者でも、若い時から始めてやっと有段者になれた人の中には<BR>
<BR>
４０代やら５０代やら、まして６０代から始めたひとに<BR>
たやすく初段にはなってほしくないという<BR>
嫉妬の気持ちを持つ人も少なからず存在します。<BR>
      <BR>
囲碁を若いときから始めて、<BR>
強くなれた人は、それはそれで問題ありませんが、<BR>
      遅く始めた人が<BR>
もっと早く囲碁を始めればよかった<BR>
と後悔する必要はまったくありません。<BR>
      <BR>
むしろ、<BR>
人生の礎を築いた<BR>
４０代以降から囲碁を始めた人は<BR>
      賢い選択をしています。<BR>
      <BR>
あなたがもし、そうなら、<BR>
「お前には無理だよ」という声は聞かないでください。<BR>
      <BR>
４０歳から囲碁を始めて初段（以上）を達成した人間がいる<BR>
という事実を頭に入れて、自分に置き換えてイメージしましょう。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
この１１月で<BR>
「囲碁大好き」は発行７年目に突入。<BR>
<BR>
４０代以降など<BR>
遅く囲碁を始めた人の初段達成にも力を入れて<BR>
応援していきます。<BR>
      <BR>
どなたでも<BR>
学習法などについての<BR>
相談メールはいつでも受け付けています。<BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/156.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">４０代</category>
        
         <pubDate>Sun, 07 Feb 2010 14:10:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第155号　「天頂の囲碁」の実力</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">過去最高棋力の対局ソフトという呼び声の高い<BR>
      「天頂の囲碁」ですが、果たしてその強さはどの程度なのか、<BR>
      いごっちが検証してみました。<BR>
      <BR>
先週の日曜日でしたか、先々週の日曜日でしたか。<BR>
      日経新聞に「天頂の囲碁」の広告が載っているのを見つけました。<BR>
      たぶん、三大新聞には広告が載っていたのではないかと思います。<BR>
<BR>
      忙しくてすぐ買いに行けなかったのですが、<BR>
      ２～３日前、ネットで買って、対局してみました。<BR>
<BR>
      <BR>
このソフト、KGSで１ｄ（初段）で打っているということですが、<BR>
購入したパッケージには<BR>
      最高棋力２段を実現！<BR>
      と書いてあります。<BR>
<BR>
<BR>
強さは８段階設定できるので、<BR>
そのうち、一番強い設定が２段という意味のようです。<BR>
      <BR>
私が試したのは２段の設定です。<BR>
      <BR>
      開発したのは尾島さんという日本の方で、<BR>
      その説明では、このソフトの特徴は、<BR>
      <BR>
<BR>
      <FONT color="#ff0033"><B>「中央の模様を重視する個性的な棋風</B>」</FONT><BR>
<BR>
      <FONT color="#ff0033"><B>「相手の弱い石を攻める力強さ」</B></FONT><BR>
<BR>
      <B><FONT color="#ff0033">「人間と対局している感覚」</FONT></B><BR>
<BR>
<BR>
ということです。<BR>
      さて、私の感想ですが、<BR>
<BR>
強さに関しては<BR>
      他の対局ソフトを圧倒しているとまでは言えないかもしれません。<BR>
      今でも１０年も前に開発された<BR>
「手談」というソフトの強さが最強かなという気がします。<BR>
<BR>
<BR>
ただ、「手談」は何局も対局すると、パターンが尽きて、<BR>
次の一手が想像できてしまうことがあったのですが、<BR>
      この「天頂の囲碁」は変化のバリエーションが多く、<BR>
      今のところ同じパターンはあまり見えません。<BR>
      <BR>
      その分、人間と対局している感覚が得られるのかもしれません。<BR>
      （数多く対局すれば、やはりパターンが見えてくるのでしょうが・・・）<BR>
<BR>
<BR>
棋風ですが、<BR>
      開発者の説明通り、<BR>
      模様志向がかなり強いです。<BR>
      <BR>
      どんどん押してくるので、<BR>
負けじと押し返しているうちに<BR>
<BR>
厚みを作られて、大きな模様になっているのに<BR>
気付いた時はもう遅く、<BR>
      模様を地にされたらまったく勝てません。<BR>
<BR>
      こちらの弱いところは必ず攻めてきます。<BR>
      ときどき、フェイントをかけて、<BR>
攻撃をやめたと見せて、<BR>
      また戻ってきて攻めてくるところなんか、<BR>
人間っぽいです。<BR>
      <BR>
<BR>
ただ、開発者は言っていませんが、<BR>
      守りは弱いです。<BR>
      <BR>
      ぜひ１度対局してみてください。<BR>
      <BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/155.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">天頂の囲碁</category>
        
         <pubDate>Mon, 11 Jan 2010 14:43:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第154号　逆算の発想～ゴールから決める</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">囲碁を始めたからには<BR>
      有段者にはなりたい。<BR>
      <BR>
誰でもそう思います。<BR>
      でも、<BR>
      多くの人が間違えるのは、<BR>
      自分が今できることからゴールを決めてしまうことです。<BR>
<BR>
      えっ、<BR>
      でも普通そうでしょ？<BR>
      って思ったでしょうか。<BR>
      <BR>
今自分が仕事をする時間、睡眠時間、飯食う時間、家族との時間、<BR>
      ほかの趣味に使う時間・・・<BR>
      などを引くと囲碁の勉強に当てられる時間は○○時間（分、ＯＲ　秒）。<BR>
      <BR>
そうすると、その時間でどんなに頑張っても有段者にはなれない。<BR>
      ５級くらいまでいけばいいか・・・<BR>
      のような思考になっている人が非常に多いのです。<BR>
      <BR>
これは敗者の思考です。<BR>
      自分が今できることからゴールを決めてはいけないのです。<BR>
      この思考を続ける限り、<BR>
      目標は達成できません。<BR>
      <BR>
少し大げさかもしれませんが、<BR>
      何かに成功した人たちの思考は<BR>
      まず、最初に目標を決め、<BR>
      その目標を達成するためには何をしなければならないかを考え、<BR>
      <BR>
それに合わせて<BR>
      今、現在の生活パターンを変えていくという<BR>
      目標先行思考です。<BR>
      <BR>
たとえば、<BR>
初段になるために１０００時間の勉強が必要なら<BR>
<BR>
１年で初段になるためには１日３時間弱の勉強時間を確保する<BR>
必要があるわけです。<BR>
      <BR>
ならば、<BR>
<BR>
他のために使っている時間の無駄をけずって、<BR>
囲碁の勉強時間に利用するなどの方策を採るということです。<BR>
      <BR>
だからと言って、家族サービスをやめて囲碁に没頭しろ、<BR>
ということではありません。<BR>
<BR>
<BR>
ましてや仕事をおろそかにして囲碁時間を作れ、<BR>
ということでもありません。<BR>
      <BR>
<BR>
スケジュールとスケジュールの合間の２０分、３０分・・・<BR>
<BR>
時間つぶしにパチンコなんかしないでください。<BR>
まあ、パチンコするのは勝手ですが、<BR>
私はそういう人は相手にしません。<BR>
      <BR>
通勤時間にマンガなんか読まないでください。<BR>
まあ、マンガ読むのは勝手ですが、<BR>
私はそういう人は相手にしません。<BR>
      <BR>
いい年した紳士が電車の中でマンガ読んでるの<BR>
結構、カッコ悪いですよ。<BR>
<BR>
<BR>
せめて、日経新聞読むか、<BR>
      簡単な死活や布石の本や問題集・・・<BR>
<BR>
そうした教材を日ごろから用意しておくと<BR>
      時間が無駄になりません。<BR>
      <BR>
すべては心がけ次第。<BR>
<BR>
何も努力をしないで<BR>
      「上達しないんですけど。。。」<BR>
      <BR>
なんて言うのはやめましょう。<BR>
      <BR>
      <BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/153_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">目標達成</category>
        
         <pubDate>Sun, 27 Dec 2009 13:26:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第153号　囲碁上達のための対価</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488">何かを得るためには<BR>
同等の対価の支払が必要です。<BR>
      <BR>
たとえば、あなたが車を買えば、その対価として<BR>
      １５０万円とか２００万円とかの<BR>
お金を支払います。<BR>
      <BR>
逆にお金を得るためには<BR>
<BR>
たとえば、<BR>
会社から給料をもらうために<BR>
あなたの労力と時間を支払うわけです。<BR>
      <BR>
<BR>
こういう経済計算は理解できても、<BR>
      趣味の世界のことになると<BR>
とたんに理解できない人が増えてしまいます。<BR>
<BR>
<BR>
たとえば、<BR>
<BR>
囲碁強くなりたいんですが・・・<BR>
<BR>
と言いながら、対価を払おうとしない人<BR>
いませんか。<BR>
<BR>
<BR>
囲碁上達のためにも、<BR>
      それなりの対価が必要です。<BR>
      <BR>
<BR>
その対価は<BR>
      お金とは限りません。<BR>
<BR>
・時間だったり<BR>
・あなたの努力だったり<BR>
<BR>
するわけです。<BR>
      この３つをすべて支払えば鬼に金棒です。<BR>
      有段者はこの３つをすべて相当支払っています。<BR>
<BR>
<BR>
どうしたら上達できますか？<BR>
<BR>
と質問してくる級位者は<BR>
ほとんどの場合、３つのうちのどれかをケチっています。<BR>
<BR>
<BR>
ひどい場合は３つとも支払っていない場合がありますが、<BR>
はっきり言って、厚かましすぎます。<BR>
<BR>
<BR>
時間は必ず支払わなければなりません。<BR>
<BR>
努力もゼロというわけにはいきません。<BR>
      <BR>
唯一、ゼロでも行けそうなのがお金です。<BR>
<BR>
でも、お金なしでは、その分、相当の時間と努力が必要です。<BR>
      お金と努力・時間はある程度<BR>
互換性があります。<BR>
      <BR>
<BR>
いい本があったら<BR>
<BR>
それをお金で買い、<BR>
自分で知識を集める努力を減らすことができます。<BR>
<BR>
<BR>
本に書いてある知識を<BR>
自分で見つけようとしたら、莫大な努力と時間がかかります。<BR>
      <BR>
<BR>
あなたは定石の本を買わずに<BR>
自分で定石を作りますか？<BR>
<BR>
      お金は努力と時間を調整するために使うものです。<BR>
      でも、お金さえあれば上達できるというものではありません。<BR>
<BR>
<BR>
販売されている教材というものは<BR>
時間と努力を節約するために存在します。<BR>
      <BR>
<BR>
努力と時間という対価をまったく支払わなければ<BR>
お金を何億円払おうと、上達はしません。<BR>
<BR>
<BR>
時間、努力、お金<BR>
<BR>
この３つを自分の事情にあわせてうまく配分して<BR>
      使うことが最も早い自分なりの囲碁上達法になるわけです。<BR>
<BR>
      <BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/153.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">囲碁上達</category>
        
         <pubDate>Mon, 07 Dec 2009 11:10:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第152号　定石が必要なわけ</title>
         <description><![CDATA[<table border="0" style="font-size : 13px;">
<tbody>
<tr>
<td height="150" style='font-size : 13px;line-height : 20px;font-family : "ＭＳ ゴシック";' align="left" width="488"><BR>ヨミと定石、<BR>
<BR>
あなたはどちらが大切だと思いますか？<BR>
      究極の選択みたいで、意地悪な質問ですね。<BR>
<BR>
<BR>
そりゃー、両方とも大切です。<BR>
      でも、<BR>
どっちが好きですか？<BR>
<BR>
と訊けば<BR>
      級位者のほとんどの人が「ヨミ」<BR>
と答えるでしょうね、たぶん・・・<BR>
<BR>
      初級者から中級者の多くは詰碁が好きです。<BR>
      楽しいですから。<BR>
<BR>
なぜ楽しいかといえば詰碁はヨミを問う要素が多いからです。<BR>
      ああでもない、こうでもない・・・<BR>
      あっ、解けた！<BR>
<BR>
解けたときの快感といいいましょうか、<BR>
達成感といいましょうか。<BR>
      <BR>
片や、定石が好きな人って・・・<BR>
あまりいません。<BR>
<BR>
・・・よね？<BR>
      <BR>
なぜか？<BR>
<BR>
それは<BR>
定石は覚えるもの、という暗記のイメージが強いためだと思います。<BR>
<BR>
      <BR>
実はヨミと定石は補完関係があります。<BR>
      <BR>
対局時間が無制限で、<BR>
対局時間中にすべてが読み切れるのなら、<BR>
      はっきり言って定石なんかいらないのかもしれません。<BR>
<BR>
<BR>
お互いのヨミとヨミ。<BR>
結果を見てどらのヨミが正しかったでしょう、ということで決着がつきます。<BR>
      <BR>
事前の勉強なんか必要ないのです。<BR>
      <BR>
行き当たりばったりの対局ばかりで、<BR>
      そこには進歩もなく、<BR>
努力も不要。<BR>
      囲碁なんてつまらないゲームになってしまいます。<BR>
<BR>
<BR>
限りある時間だからこそ定石は必要。<BR>
<BR>
定石はヨミを途中まで補完するものです。<BR>
<BR>
そこはもう、研究されているから<BR>
毎対局ごとに繰り返すのはよそうね。<BR>
<BR>
その先の変化をヨミ合いましょう。<BR>
      ということです。<BR>
<BR>
<BR>
囲碁は人生と同様、<BR>
<BR>
      <FONT color="#ff0033"><B>時間が限られた中で行うからこそ真剣にもなり、<BR>
      楽しいのです。</B><BR>
      <BR>
      <BR>
      </FONT><FONT color="#330000">永遠に生きられるのなら</FONT><BR>
      仕事だって、勉強だって、囲碁だって、<BR>
      いつでもできる。<BR>
      なにも今、囲碁をやらなくたっていい。<BR>
      <BR>
      やるとしても、<BR>
      ダラダラと何千億局も打てば<BR>
そのうち定石もまぐれで打てるようになる。<BR>
      <BR>
定石なんて勉強しなくたって、いい。<BR>
<BR>
<BR>
これって、天国でしょうか？<BR>
      私には果てなき地獄のように思えるのですが。<BR>
<BR>
<BR>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></description>
         <link>http://igodaisuki.net/cat1/152.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">囲碁エッセイ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ヨミ</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">定石</category>
        
         <pubDate>Sun, 22 Nov 2009 17:54:02 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>
